book and bread mania

-日々読んだ本の書評 + メモ集 + パンについて-

引き篭もりは自殺以外の解決法を望むのか?

 

まったく予備知識なく視聴した作品。

対人恐怖。

支離滅裂。

現実逃避。

それらがテーマと思える内容。

主人公の佐藤達広は大学中退の引き篭もり。

そんな彼がふとしたきっかけで”岬ちゃん”という女の子と出会い、それをきっかけに少しずつ変わっていく物語。

 

見栄を張りたいのは人間の性。

憧れていた人にずっと恋焦がれるのも人の性。

働きもせず楽をしていたいというのも人間の性。

 

けれど見栄を張りたい性と、働きもせず楽をしていたいという性は、

相反していないか?といった疑問をぶつけたようなアニメ。

 

違う。そうじゃない。

好きで引きこもっているんじゃなくて、周りのせいだ。

周りの奴らが悪い。陰謀。これは陰謀のせいだ。

俺が引きこもっているのは陰謀のせいだ!

主人公の佐藤達広はそう考える。

それがどう変わっていくか、それが見所。

 

人間は誰だって精神的には脆いから、不条理な自体に対して原因を外に求める。

あれが悪い。これが悪い。

本当は自分に原因があるのをわかっていても、それも認めてしまう勇気がない。

勇気がないのは何故か?それは傷ついたときに、その傷を修復する術を知らないから。

だから必要以上に失敗や恥を恐れる。

では、ずっと恐れたままで良いのか?

恐れ続けた結果の行く末はどうなるのか?

これもこの作品における見所の 一つ。

 

しかし失敗や恥などの概念は、マズローの欲求段階においては3段階目の階層に過ぎず、それは生理的欲求が満たされているからこそ生まれる欲求。

もしも生理的欲求を満足に満たされない状況に居るならば?

引き篭もりという行為はとても贅沢である、ということ。

その事実を知ったとき、人の飢えは恐怖や恥の概念を上回るのか?

さらに見所一つ。

 

まあしかし引き篭もりの状態を世間が異常と見なすのは、外に出て働き、人と接し、疲れて寝るという一連の流れ。

この流れを断ち切っているからで、人間は本来がむしゃらに働き、そして死ぬ。

それはたった数千年といえる歴史の流れだとしても、あたかもそれが常識のように押し付けた結果だといえるのだけれど。

だからこそいくら待っても、先人が思い描いた ”機械が主に働き、人間はその分、楽をしてゆったり過ごす” 未来がいくら待とうが来ないのだろう。

じゃあ働くなったら何をするか?する事がなく、暇をもてあまして不安になる。

要は、世暇の扱い方が下手なのだ。引き篭もり以上に。

 脱線。

 

 

この作品には満たされない人、恐怖に耐え忍ぶ人と登場する。

人の弱い部分ばかりにクローズアップした作品で、観る人によっては潤滑油にもなり観る人によってはさらに拗らせるかもしれない。

 

しかし最後までこの作品を観れば、そういった二面性はなくなるだろう。

思考や言動は支離滅裂であったりする。突飛な行動にも出る。

だがそれこそが人間らしさであり、人間の素晴らしさかも知れない。

人間は決して機械には成り切れないのだから。

これは生き難い日常を生き抜く、サバイバルで素敵な作品だ。

 

表題の答えは、最終話にある。