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ユーモアとは?

 

ユーモアのレッスン (中公新書)

ユーモアのレッスン (中公新書)

 

 ユーモアについての本。

序盤はユーモアの語源についてから始まり、次にはユーモアという概念についての解説。ユーモアとは自分と他者を同じ高さに置き、お互いの共通事項によって生み出す滑稽ごとであり、相手に思いやりをかけて笑うときにこそ真のユーモアが生まれ、そのときこそ笑いが人間の心を結び付ける固い絆となる。

つまりは同時に笑うことで生じる信頼関係が重要。

よって、「自分を高い位置に置いて相手を見下して笑ったり、自分をわざと卑下しておせじ笑いするのはユーモアでない」というは重要な事であり、故にユーモアは素敵なものだと改めて認識。

 

また、ユーモアとは視線の違い、ギャップから生じるものだという視察は鋭くそして的を得ているとも思う。

『火事と喧嘩は江戸の華』とあるように、火事や喧嘩をしている当人は堪ったものではないが、周りはそれを見て楽しんでいる。

それは他人事だから笑えて楽しめるのであり、視線、つまりコンテクストの違いから生じ得られるもの。当事者コンテクストAの意味と、第三者コンテクストBに認められる意味には違いがあり、このAからBに移ることによるコンテクストのギャップが滑稽さを生み、それがユーモアとして笑いを齎すのだ、とのこと。確かに一理あるかと。

要は、歌舞伎の『女殺油地獄』のようなもので、当事者からすれば真剣であり必死である事としても、関係のない第三者から見ればそれは単にドリフ劇。

当事者の死に物狂いが与える印象がドリフ、この歪こそが滑稽であり、滑稽が笑いを齎す。意識のギャップよって笑いは生まれるもので、確かに増毛の権威である教授の髪がカツラだったら笑うだろう。

 

その後の章では著名人によるユーモアを載せていて、マーク・トウェインなどの発言が。どれもがなかなか英知に富んでおり面白かったが、特に印象的で笑ったのは、イギリスの元首相ウィンストン・チャーチルのやりとり。

チャーチル会という絵画の会があり、そのチャーチルにある人が聞いた。

「一度も絵を画いたことのないような人が、ただ名士というだけで、美術展の審査員におさまっています。こんなことって、いいものでしょうか」

それに対してチャーチル

「別に悪くないでしょう」

そしてこう続けた。

「私はタマゴを生んだことは一度もありませんが、それでも、タマゴが腐っているかどうかは、ちゃんとわかります」

 

あとには日本人のユーモアについても触れており、内田百間による『阿房旅行』という作品にあるユーモアのセンスについても述べておいたが、そこで印象的だったのはその旅に対する姿勢で、

「なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う」

というもので、大阪まで一等の寝台車で行き、なにもせず、見物なども一切せずに帰ってきてしまう。

いっさい用はなく、人とも会わない。なにも起こらない旅行記である。にも関わらず、その旅行記『阿房旅行』はユーモアに富み面白いのだという。

それは”純粋に自由に動きまわっていると、ふつうは見えないおもしろいことが目につき、新しいことに気づくのかもしれない”とのことだが、まさに目から鱗の知見であり、こういった懐の余裕さこそが、ユーモアを生み出すのだと思う。

ユーモアは人間が持ち得ている懐の深さと広さ、そしてそれがユーモアと気付くだけの知識が必要であり、共通の知識が必須。それがあってのパロディであり、ユーモアなのだから。

 

あと演説上手で有名なアメリカの大統領トマス・ウッドロー・ウィルソンが言ったという「2時間の講演なら、いますぐでも始められるが、30分の話だと、そうはいかない、2時間くらい用意の時間がほしい。3分間のスピーチなら、少なく一晩は準備にかかる」との言葉が印象的。つまりは、短く話すことが如何に難解かを示している。

けれど昨今、というか、古今東西を問わずこれとは真逆に考えている人が多いと思う。長ければ長いほど良いと思い、無駄を省かず永延とした話や文章が如何に溢れていることか!だけれどそれはおそらく各人にも当てはまる事だろうから、今後は自重したいものだと思わされる。

 

他には外国のある人物が日本人に、自身の父が買った刀を見せて鑑定を依頼し、その刀が名刀と分かると次には幕府の重要書類と思っている一枚の紙片の鑑定を頼む。すると日本人はその紙片が女朗屋の勘定書だとすぐに気づき「あなたのお父さんが不幸な婦人を救済する慈善事業に御寄付になった受取証です」とのジョーク、ユーモアで返したという話が面白くて印象に残った。

 

あと、あとがきから読む著者のユーモアに対する概念はなかなか感慨深い。

ユーモアとは傍から見れば愉快であり楽しいものだが、いざ真面目にユーモアと向き合い取り扱うと、その難解さに辟易した、とのこと。しかしこういった自体すらもユーモアなのであり、まさにユーモアとは真面目と表裏一体、メビウスの輪のようなものであるのだと思えた。

 

あと古今東西ユーモアが求められる場所とすればスピーチ!ということで、この本においても結婚式におけるスピーチ、そのユーモアな例がいくつか挙げられていたが、どれも微妙。

「スカートとスピーチは短い方がいい」という有名な語句があった程度。

そんな折に思い出したのは、昔ネットで見かけて読み笑った”結婚式の下ネタスピーチ”という短スレ。

 

 3つの袋と言えば結婚式のスピーチの定番だが、もうちょっと下ネタだと
「いい女を見てチンポを立てても、人前では奥さんを立ててあげましょう」と言うのがある。前にこれを言おうとしたおっさんが緊張しまくって言葉が出なくなってしまい、「え~、いい女を見てチンポを立てても・・・いい女を見てチンポを立てても・・・え~・・・・とにかくいい女を見たらチンポを立てて頂きたい」と締めくくったのを見たことがある。

 

 これは今読んでも大爆笑したw

 

第一阿房列車 (新潮文庫)

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