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内容としては、精神のみタイムリープする内容。
意外とSF部分は希薄で、『時をかける少女』と同様に、人間関係のやり取りや人間模写がメイン。けれどその人間模写、主人公一人称で語られる内容だが、日々の何気ない生活の模写がとても緻密であり、表現は風景も心情も繊細。
主人公の少女、その意識が未来へ急にジャンプした。すると自分は中年で、なんと高校の教師をしていた。
SF的要素はこれだけあり、あとは高校教師としての、日常の生活が描かれる。
日常生活。それにも関わらず、それだけなくせに、展開は面白い!
17歳女子高生がいきなり中年の高校教師になる。そこから見える景色は前例がなく、当人にとって良くも悪くも新鮮。その葛藤などの模写も秀逸で、読んでいて飽きない。
こと細かい心理描写は読み応えある。何気ない高校生活、その日常もふと見方を変えると、こうも濃厚で、生き生きとして見えるとは!
SFとしてみれば凡作かもしれない。しかし文学、青春小説として読めば傑作。
時代背景、生活描写の模写がこと細かく秀逸。
作中のバレーボール対決は学校の催し物。
しかしそんな一介の、バレーボールの対決がこうも面白い物になるとは!
その表現、バレーボール戦の描写は巧みで、映像は頭に浮かび、音も聞こえてくる。
飛びかう汗にボールが弾む音。
大小ある声援、と思えば急に静まり返る体育館。ダン、ダン、床に当たり音を立てるボールの跳ねる音、キュ、キュと響くシューズ音。どれもが映像となって目に見え耳に聞こえる。漂う息使い、文章は、緊張感を同調させてくる。
主人公の女子高生、心情は細かく描写されていので感情移入しやすく、これはもはや感情転移レベル。
彼女は急に高校教師となった自分に戸惑い、臆する。
けれど彼女はそこで後ろを向くのではなく、前を向く事を選んだ。
いつだって人は”何か”を始められる。それが逆説的なことであろうとも。
そう思わせてくれる作品であり、けれど大抵の人が探すのは、自分がやりたい”何か”でなく、そのやりたい”何か”を止める理由ばかり。それを探して見つけ、諦める。
そんな折、この作品は、各人が成りたい自分に成ろうとする自分を、鼓舞してくれるような内容。
超能力もない。悪人、怪人も登場しない。
宇宙人は存在せず、居る異質な者はただ、過去から意識が飛んだ女性一人のみ。
普通。日常。
けれど”意識が飛ぶ”という一石投じた出来事は、一つの水面に波を立て、それは予想以上に周りを変えた。
普段何気ない日常。それが斬新に目に映るとき、なんと意識も変革する事か!
この作品は意識が突如未来に飛んだことにより、普段見慣れた日常を再び見直す機会が与えられた女性の物語であり、彼女の世界は全てが一変。
けれど絶望とともに訪れたのは希望。
電車で一緒に乗り合わせるたくさんの人々。彼らは誰もが彼らにとっての主役であり、彼らの分だけ物語がある。その膨大さといったら、考えるだけで眩暈がする。
世界の人口分、物語がある。そのどれも鮮やかで、平気な顔をして誰もが波乱万丈の物語を作っている。
そのような物語の一つ、『一ノ瀬 真理子』という人間の物語の一端を、追体験できる作品。あなたは『一ノ瀬 真理子』の奇妙な人生の一端を、体験できる。
リアルな世界、他人の物語はたとえVRなどなくても体験できる。そのように思わせてくれる作品。