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読書の死と再生

 

読書の死と再生

読書の死と再生

 

“教養人”を生み出すはずだった読書が、どのような変容により”思考薄弱”を生み出す媒体に成り下がってしまったのか?

 

 ショウペンハウエルよろしく、なかなか辛辣な読書批判と啓蒙を促す本書。

主として舞台をフランスなど諸外国に置き、その歴史をなぞる事で如何に読書という崇高な勉学であり叡智を取り込む修業的行為が、単に娯楽性を求め自堕落的教授を与える物に成り下がったのかを述べる内容。

 

“教養人”を生み出すはずだった読書が、どのような変容により”思考薄弱”を生み出す媒体に成り下がってしまったのか?

それを説く内容であり、簡易に説明するならば産業革命による急激な生産率の向上に伴う各人の自由時間減少、それによって熟考する機会が減少。そんな状況になり読書家が求め、需要が生まれたのが昨今にも蔓延する簡易的娯楽作品であり、文法を崩してまでも生み出され続けた書物群。

タイトルにもある『読書の死』こそ堕落した書物媒体への批判であり、堕落した原因として他にも諸々の要因を挙げ、その解説には「成る程」と唸る説得力を感じ、そして重要なことは、それら堕落状態は現代においても同様のことが言えるということ。

現代ではその状況がさらに加速度的に進んだけのものとも言える!

 

俗人は、絶えず働きに借り出されては思想に耽る自由を奪われ、教養としての娯楽を求めて古典を排斥し、手軽で身近で啓蒙さも内向的な美しさも持たぬ表面だらけの表現を齎す娯楽作品ばかりに手を伸ばす。

それは現代人においても然りであり、古典を邪険にし難解さを避けるその姿はまさに思考薄弱!とでも訴える辛辣さ!

本書はそうした訴えを繰り広げ、中世における誤った“教養人”の認識にもまた批判を行なう。これもまた現代人へ対しても同様のことが言える内容であり、そして多読を自慢する無能な読書家にもだ!

しかし誰しも自分が愚者とは思いたくなく、気付かないよう振舞うもので、けれどこうした意思薄弱者に自分が入っていないと断定するのは早計であり故に己への戒めにもなる内容。

 

多読により使用価値のない知恵ばかりを肥やした食傷気味の豚が如何に多いことか!なんていう表現はストレートであり、その明確さには爽快さすら感じたほど。偏りのない知識摂取と、精読の大切さを謳う言葉も多数。

 

また、義務教育による機械的詰め込み教育、意識の偏りを促す新聞批判などの意見も印象深く、洗脳を促し言語文体の乱れを作り出す新聞に対しての嫌悪が一部“教養人”では相当なものだったのだと語る内容、鬼気迫るものがあった。

終盤にはアランやニーチェの例を挙げて古典至高主義の主張を展開し、読み応えある。

 

期待せず読んだが、意外と示唆に富む内容であった。

「読書の価値とは何か?」と思うことがあるならば、一読する価値のある本。