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知的生活

 

知的生活 (講談社学術文庫)

知的生活 (講談社学術文庫)

 

 

 「自分の力を四散浪費してしまうことくらい馬鹿馬鹿しいことはない。そのような行為は情熱に水をさすものである。十年もそのような生き方を続ければ、意志の力はほとんど消え、思うことは常に甘酸っぱい後味がつきまとうことになる。心の内に秘めていた根性も萎え、くじけてしまう。

若者というのはこのことに気づかない。なんでもやってみなければという口実のもとに、思うがままにやる。なるほど、それで若者は人生の意味を学ぶだろうか、精力は尽き、熱意は消え、行動力は底をつき、三十にして一介の労働者か、ただの好事家になるしかなく、さもなくば、自分の財産を食いつないで生きていくしかないのだ

 

フランスの哲学者イッポリット・テーヌ氏による言葉。

その言葉は多少なりとも辛辣であり、昨今では「なんでもやってみよう!」と気軽に訴えるネット上での風潮、簡易的な経験主義を全否定するような発言は衝撃的。

しかし至極現実的な意見でもあり、何事にも挑戦するよう喚起するのは無責任であり盲目的な啓発であるのだと、熟考する機会を与えてくれる。

 

本書は 全くもって本のタイトルに偽りなし。

「知的生活とはどのようなものか、知的生活を送るにはどのようにすれば良いのか」を明確に、生き生きとした文章で綴った内容。

知的生活を営む上での様々な事象に対し、手紙での問答をするような文体で展開され、想像した以上に示唆に富む内容。

まさに知的生活を志す上では最上級の自己啓発本と称せる本書は、実用的であり古めかしさを感じさせぬ叡智の数々が述べられ、人間真理の一端を思わせる。

 

 ゲーテやカントなど著名人の言葉や行動を例として挙げ諭すのも特徴的。

 

内容には知的生活を送るために、健康の大事さを説いていたり、読書について、結婚について、世俗との係わり方について等も述べられ、多少なりとも知的生活を送りたいと思うのならば確実に役立つ一冊! 

 

 

また、社交界に対する記述では、見栄によって形成された世界の醜さをてぎるだけ丁寧にそして尖らせることなく批判。然しその弱腰の姿勢こそが一番に社交界の権力を示しているようであり、ある意味とってもユーモラスであり、当時の事情を思わせ面白い。そういった視線で読むと別の意味で楽しめるアイロニー

ここでもう一つ、印象的だったのは学がなく学を得ようとしない人々に対する批判で、

 「市民階級はいつも同じ新聞を読み、同じ音楽を聞き、もっと高尚な楽しみをもとうとはしない。市民階級の家庭はどの家庭も、同じように金を愛し、既成の事実を尊重し、破壊するための偶像を必要とし、すぐれたものをことごとく憎み、やたら人を中傷し、どうしようもないほど無知なのである」

フランスの著述家ルナンによる言葉。

恐ろしいのはこれが「へえー」と対岸の火事なることならず、国も時代も違う今の日本においても該当するであろうという事!

先見の明が鋭い!というよりかは、人間の本性は変わらないものであると思わせた。

 

また、知的生活と社交界的生活の違いを綴った内容がまた深く、印象的。

多種多様な娯楽を楽しみ、しょっちゅう旅行やパーティーに出かけ、腹の底から食欲を満たし、他人の仕事の興味深い成果や、勤勉な人間の面白い発明品を、自分は手を貸さず高みの見物をきめこむ。

社交界の生活というのはまさに自然人の天国です。と述べる。

それに対し、知的生活といえば、

たったひとつの満足感しか与えることができません。知的生活が約束できることと言えばひたすら努力した後に、ようやくなにか偉大な真実に触れられるかもしれないということだけです。

こうしてみれば、社交界的生活の方が随分ときらびやかで魅力的に映る。

しかし、知的生活にはこうも続ける。

一つか二つでの教養をうまく自分に活かすことができれば、何年かたった後にはそのおかげで心静かに自分を尊敬できるようになるでしょう。そして、稀有ことですが、自分を越えた偉大な存在に対して、心から深い尊敬の念を抱けるようになるでしょう。

空虚な錯覚を振り払い、自分を本当に高めてくれる実態のある知識を身に備えて生活することができるようになります。

 

これは自分の空虚さを埋めようと奮闘する社交人を皮肉る内容であり、『自分を本当に高めてくれる実態のある知識を身に備えて生活することができるようになる』とは、『他には代え難い自己肯定を得られる』ということなのでは?と思う。

これはとても大事なことで、昨今において自己肯定はとても大事!と叫ばれ、アドラー心理学よろしく、無条件の自己肯定や自己承認をしては「自信を持て!」と謳うけれど、しかしそんな提唱一つで満足いく自己肯定が得られないのは自明であり、そうならば鬱など此処まで蔓延しない。

つまりは提唱一つで得られる肯定感など安っぽく、それで満足するようならば、それこそ自分を低俗であると認めるような物であり、むしろ肯定感を得られたと誤認した瞬間に、自身を低俗であると気付かせより自分への肯定を失くさせるのでは?

故に重要なのは、万人に対し、自分が満足できるほどの完全なる自己肯定を得るのはとても大変であり、つらい事であると認識させるべき。

簡易的に自分を肯定するのも当然大事!けれど、そこで満足してしまい現状維持に勤めれば向上はない。意味もなくただ生きていることのみに自己肯定しても良いけれど、人間である以上、それ以上の高みを目指せとも謳う箇所は、福沢諭吉学問のすすめにおいても同様のことを語っていたのが印象的で、昨今見かける安易な自己肯定を見直し崇高に生きろ!と訴えかけるようであり、自身の知識と知恵の向上を意識し生活するのは重要な事であると数々の示唆から存分に教えてくれる。

 

本書は知的生活を送る上での教科書であり、まるで良き師のように語りかけてくれる内容は、知的生活とは何かと憂い悩む人々に一筋の光を差し込むであろう名書!