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book and bread mania

-日々読んだ本の書評 + メモ集 + パンについて-

運のいい人の法則

本(社会)

 

運のいい人の法則 (角川文庫)

運のいい人の法則 (角川文庫)

 

 読み終えまず思うのは、

期待はずれ、

ということ。

 

文庫ながら尼で中古価格が400円以上と高め。

然し中古価格が高くても、良い本とは限らないことを示すような一冊であり、

内容としては薄い。

 

運の良さは思い込みによる相乗効果である、

といった仮説を長々と解説する内容に尽き、

すると相反する結果には目を瞑り己の仮説を証明する結果ばかりをクローズアップ。

科学的な信憑性に乏しく、数百人からのデータにより科学的に運のよさの法則を…とあって統計的な信憑性を思わせながらもその後の実験はごく少人数で行われて科学的とは言えず。

正直、だいぶ稚拙な内容。

 

期待値や表情に伴う意識の変化は生化学や脳科学的にも数多述べられ、

テレビなどでもよく紹介される事象。

端的に言えば、本人の思いかた次第ですべて良くも悪くもなる、ということ。

故に「いまさらこのことを大げさに?」とつい思う。

不安や不幸に思う傾向についても、欝について等の本を見ればより明確に解説があり、ならばそういった本の方が、どのようなものを食べれば気分が改善されるか?等といった生化学的知識があり、精神論も大事だが、その精神を作るものにも着目してもらいたい。

 

本書はあくまで、ライフハック的な領域を抜けきらず、科学と銘打つが所詮そこらの自己啓発本と大して変わらない。

要するに、観念論的解釈の拡大であって、ボトムアップでなくトップダウン形式の思考によって幸せになりましょう、と訴える。

もちろん、ただ闇雲に幸運であると信じるのではなく、

それに伴う行動を起こしましょう!

といった、至極当然のことを述べるのみ。

その行動の結果さえ、

「思い方次第でどうにでもなる」

と言ったことを示すに過ぎず、長々として言うのはこれだけかと。

さらに先には、

「では幸せとは?」

と言う問いに帰結し、そこではまた

「思い次第でどうにでもなってしまう」

という投げやりな解決に至る。

 

糞を踏もうが、「最悪!」と思わず幸福に思うには

「糞を踏んだから、電車に遅れず済んだ!」などと、成立しない相関を見出しては己を幸福であると呼びかける。

いかれた思考も本人次第では成立し、上記の例えは極端なだけで誰しもが無関係のものに相関を作りたがる。

「遅れていったけど、残り1個在庫があった!」

「嫌々行ったパーティーで、理想の人に出会えた!」

それはただの偶然であって、遅れて行こうが嫌々行こうが関係なく、それは理想の相手である保証もない。

あるのはただ、「最高よ!」といった妄信的な思い込み。

危険なのは、この妄信さに傾向しすぎる事。

確率的には全く無関係!と一方を突っぱね過ぎるのも極端だが、 

多少なりとも懐疑的でなければ相手の思う壺になるばかり。

故にバランスが大事であるのだけれど、本書においては偏っている。 

 

さらに、この本にある誤謬がそこで、ならば逆説的にもこの本に沿い、

「今の不幸も将来の幸福の糧のため」

と思い込んでしまえば、本書に述べる幸福への心がけもやらずに済んでしまう。

 

 

内容の最後には、幸せになるための4つの法則、それを実施した元不幸な人による改善経過のコメントがあり、どれもが法則への絶賛ばかり。

運気の上昇を主張し、幸運なことばかり起こる!と興奮して捲くし立てるような意見のみが、個人的な体験とともに載せられている。。

 

一言で言えば胡散臭い。

二言で言えば宗教的。

そこで述べられる改善した者の声は個人的体験が主で客観性に乏しく、絶賛の嵐は、まるで洗脳を試みるような狂気性。

 

あと、「人は迷信を信じているか?」の実験として、はしごの下を通るのは迷信上では良くないこととされ、アンケートにおいてはあまり気にしないが多数。

では実際どうかと町で実験。すると、はしごの下を通る人は少なく、実質的には迷信を大勢の人が信じている!とあったが、おいそれは違う、つっこみの如く思う。

はしごの下を通らないのは単に危険だからであると思う人も大勢居るはずで、それを一人の思い込みで「迷信を信じての行動だ」と決めるのは、どうかと思う。

 

 

この本はどちらかというと中高生向けで、

「前向きに生きよう!」

「失敗を環境のせいにせず、問題を分析して解決案を自分で得よう!」

と説く安易な道徳的内容。

 あとは「行動しなければ何も始まれない!」

としてパスツールの如く自然発生を否定し、

漠然と待とうが星の王子様は来ないよと告げるのみ。

科学的と銘打つので、少々期待していた分、残念だった。