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鏡と仮面―アイデンティティの社会心理学

 

鏡と仮面―アイデンティティの社会心理学 (SEKAISHISO SEMINAR)

鏡と仮面―アイデンティティの社会心理学 (SEKAISHISO SEMINAR)

 

 内容として、特に興味を引かれたのは“他者との相互関係”について。

そこでは他者とのコミュニケーションを取る上で三つの特徴的事象を挙げており、

①他者が相手に示す意識的行為と無意識的行為、

②自己が行う意識的行為と無意識的行為、

③それらを自身がどのように捕らえ、考えるか。

この三つが上げられ、中でも②が印象的で、

「他者の行為をすべて理解しきるのは無理である」

とするのは納得でき理解の範疇にあったが、②の自己の行為も実は、自分ですべて理解しているわけではない、との主張があって多少衝撃的。

しかし続く説明文「他者の行為をすべて理解できないのに、自分の行為はすべて理解できると思い込むのは誤りである」といった主張で納得。

よって本書は、“自分”という存在における不可侵さについても学ぶことができる内容。

 

人は、自分のことは誰よりも自分が理解している。

そう思いがちだが実際にはそれは誤りであり、実際には自分を社会的状況に照らし合わせて、脳裏に描く役割を自分に当てはめているに過ぎない。

”自分らしさ”とは、単にその場に適した偶像的な行動・役割であって、自分が作る空想の人物の真似事。世代や文化の影響があっての性分であり、既に象られた人工的なアイデンティティなのだという。

しかしアイデンティティとは随分と曖昧な概念であると何度も前置きし、その存在性の是非を問うのも特徴的。まさに「自分とは?」の深層を知ろうとするのは、雲を掴むようなものかもしれない。そして他者との係わり合い時における、単一性と複数性について述べていたのも印象的。一人同士が話そうとも、その一人が信念や社会、文化的係わり合いにおける存在であるならば、それは一人であると同時に複数人であり、それら群像の代表であって、相手が一人であろうと同時にそれは、複数人とのコミュニケーションをとっていることになる。

 

読むと納得するのは、自分と相手の境界線がはっきりしようとも、そこは慎重にならなけばならない、ということ。

自分と他人、そこに蔓延る意識的な誤謬と鏡像性について、改めて見直すきっかけを作ってくれる一冊であり、アイデンティティの形成は文化的・社会的、また世代的な影響を多大に受けようとも、一概にそれらがすべての要因とは言えない点に注意が必要である。

アイデンティティ”という、ニュートリノのように脆く正体をなかなか見せないような物の正体を暴こうとする積極的なアプローチは、まさに社会学におけるLHC

きっちりとした社会学観点から述べ、なかなか読み応えある内容。

ジンメルによる考察が好きな人などにはおすすめ。

 

 

人間というのは面白いもので、歳を重ねれば重ねるほど、自分のことが分からなくなっていく。それは、学問における本質を理解し始めたときに生ずる、「分からないことが分かる、分からないことに気付く」といったことに通ずるものであると思う。

それはあたかも、“死”という概念を決して理解し得ないということを理解していくように。