妻を帽子とまちがえた男
- 作者: オリヴァーサックス,Oliver Sacks,高見幸郎,金沢泰子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2009/07/05
- メディア: 文庫
- 購入: 8人 クリック: 104回
- この商品を含むブログ (21件) を見る
話題の書。
どこのサイトかは忘れたがネットでこの本を知り、知って以来ずっと気になっていた中、古本屋で見つけて購入。そして、やっと読み終えた。
表紙やフランクなタイトルからの印象からは異なり、読んでみると内容はけっこう専門的であり濃厚。
内容としては表題の『妻を帽子とまちがえた男』をはじめ、脳疾患による特殊・不思議な患者について、その症状をまとめた本。
今回、読んでみて印象的だった点を紹介。
まず『大統領の演説』という章での失語症患者についての内容から。
失語症とは相手のしゃべる言葉の意味が分からなくなる病気。
しかし興味深く面白いのは、失語症の患者は相手が何をしゃべっているか分かっているということ。一見矛盾しているように思えるが、実際にはそうじゃない。
失語症の患者は相手の発する言葉以外の情報から、相手が何をしゃべっているかを察するのだ!
人はしゃべるとき、相手に意思を伝えるのに要するのは言葉のみではない。
人は相手にしゃべるとき、ごく自然に”表情、ジェスチャー、イントネーション”などを含んでいる。そして失語症患者は、これら言葉以外のものから、相手の意思を読み取っている。つまり失語症患者は「情感的調子」を感じる力を失っておらず、むしろときにはより敏感になっているそうだ!
そこでのこの章の題である『大統領の演説』。
この章は『失語症病棟からどっと笑い声がした』という文脈から始まる。
失語症の患者たちは、魅力的な元俳優の大統領が思い入れたっぷりに演説する姿をテレビで見ていた。そして失語症の患者たちは、この演説を見て大笑いしていたのである。
何故か?
ここで重要となるのが、先ほど述べた失語症患者の特徴。
彼らは言葉以外による「情感的調子」、これを感じる力は健常者よりも優れることがあるのだという。つまり、彼らにはウソを見抜く能力があるのだ!
彼らは言葉を理解しないので、言葉によって欺かれることはない。しかし理解できることは確実に把握する。彼らは言葉のもつ表情をつかむのだ。
言葉だけならば見せかけやごまかしがきくが、表情となると簡単にそうはいかない。その表情を彼らは感じ取るのである。
失語症の患者は、言葉が分からなくても本物か否かを理解する力を持っている。
だから大統領の演説を見て笑っていたのである。
この流れ。フィクションでないのに、よく出来たオチだな~と読んでいてつい思った。
他にも、というか全編にわたって印象的な点は多かったが、各々書くと長くなるので、もう一点だけ気になったところを紹介。
それは終盤の『双子の兄弟』という章から。
この双子の兄弟は自閉症にもかかわらず、何桁もの素数をすぐに答えたり、何年の何日を言われれば、その日が何曜日かを正確にすぐに答えることが出来るという。
しかし彼らは頭が良い訳ではなく、単純な計算などは出来ない。
では何故、何桁もの素数を答えることが出来るのか?
そこでの見解が実に興味深かった。長くなるので解釈して述べると、曰く「数字を数字として捉えているのでなく、違う概念として捉えている」のではないかという。
そして、その内で紹介されている数学者ウィム・クラインの言葉も印象的なので紹介しよう。彼は数字についての概念を分かり易くこう述べた。
「数は、ぼくにとって友人みたいなもの。誰にとってもおなじというわけじゃない。たとえば三八四四はどう見える?きみにとってはただ、三と八と四と四だろうが、ぼくに言わせれば、『やあ、六十二の平方さん!』なのさ」
この本は奇妙な患者の病状を取り扱っている割に、暗い印象を感じさせない。それでいてとても感受性豊かに、そして愛をもって患者のことを記述しているのが読んでいて大いに伝わってくる。これこそがこの本の最大の醍醐味だろう。
恐ろしいながらも知的好奇心を刺激される症状が多々記述してある本書は、脳と不思議と人間の不思議、そして人間とは何か?という本質的な疑問とともに人間の可能性についての新たな見方も示してくる。単に奇妙な病状を説明する内容とは一線を越してた内容で、人間の可能性・神秘性を知りたい方にも是非おすすめできる一冊だ!