book and bread mania

-中途半端なサウスポーによる日々読んだ本の記録 + 雑記 + パンについて-

紫色のクオリア

 『思わぬ収入が!!』という意味がある夢を見て宝くじを買った結果、大はずれ。

夢占いなんて所詮は戯言か。

そう思うし、そうとも思わない。思えない。

少なくとも、この作品を読むと。

 

紫色のクオリア (電撃文庫)

紫色のクオリア (電撃文庫)

 

 

 

量子物理学やコペンハーゲン解釈までも取り上げたSF作品。

一読した感想として先ず思い浮かんだのは「シュタインズゲート」っぽいということ。

つまりは時間ループを題材にした作品だ。

 

前半と後半ではストーリーの描き方が急変するのが印象的。

ほのぼのとしていると見せかけ、自体はどんどんと急激に意外な方向へと進んでいく。

 

たとえ同じ瞳を持っていても、『赤いりんご』に感じた『赤さ』を他人に伝えることはできないし、他人が感じた『赤さ』を知ることもできない、交わらない存在として。
 でも、『それ』を『りんごの色』として、共有することは、できる。
 同じモノを感じていると、証明することはできなくても、──信じることは、できる。
 あたしたちはそれぞれが、平行線のようなもの。

単なる『時間ループ』物のSF作品ではなく、人間の独創性についても問い掛けてくる内容。

よくある哲学の質問に

 「自分が見て感じる色は、他人と同じ見え方なのか?」

というものがあるが、登場人物はそれに対し独自の考えを述べる。

 

 SFだが哲学の要素も強い作品。

今自分が存在するこの世界も、限りなく存在する世界線の一つに過ぎないのでは?

そう思わせてくれる。

今自分がここに居て、この世界にのみ存在している。

実はそれは間違いで、そういった常識に囚われているのではないだろうか。

 

囚われの世界から脱却させてくれる作品。

少なくても意識の中では。

そのような作品。

壮大なスケールの世界観、そう呼べる作品であるが、同時にそれは違う。

あくまで世界は小さな一つであり、その小さな世界が無数にあるというだけなのだから

現実世界での可塑性についてなど考えさせられる作品であった。

広大な価値観、と言う表現では正しいかもしれない。

 

この作品がSFの傑作と評されているのは、固定されがちな『世界』という一つの概念・価値観を崩してくれるからであると思う。

 

今の世界に何一つ矛盾も感じず退屈に過ごしているようならば、新たな可能性を秘める価値観を教えてくれるこの作品、オススメだ。

 

 

そして世界線が限りなく存在すると言うのであれば、宝くじを買い、当たった自分もいることになる。

そう思うと、宝くじは、買った時点で既にもう当選確実なのかも知れない。

大金が当たりウハウハ状態の自分も、何処かの世界線には居る筈なのだから。