何かと話題の一冊。
パン好きとしては見逃せない、そのタイトル。
しかし読んでみると疑問に思える点が多々存在。
重要な問題点の一つとして、挙げられるのがその食事量。
「パン、パスタなど小麦食品は体に悪い!」と謳い続け、小麦食品により肥満に~、病気に~、と訴えているが、
肝心の食事量が記されていないのだ。
そりゃあ、たとえ健康に害がないパンだとしても、食べ過ぎれば当然肥満にも病気にもなる。
当たり前の事だ。
当然それはパンに限った事ではなく、水だって摂り過ぎれば害になり、最悪死に至る。
冒頭から「遺伝子操作された小麦は~」というが、単なる食べ過ぎが原因では?アメリカらしい、最もな理由だ。
小麦をやめて米を主食にして毎日8合、今度は「米を食べるな!」とでもいう本の執筆準備に忙しいのであれば、何も言う事はないけれど。
さらに矛盾点は続く。
セリアック病患者は何年も苦しんでからやっとこの病気の診断を受ける人が大半です。
そのため、長引く下痢で栄養が吸収できず、診断を受けるころにはひどい栄養失調状態で新たな食事療法を始める事になります。
んっ?となる。
自分で矛盾する事を述べているのだから、仕方ない。
なぜ「長引く下痢で栄養が吸収できない」と述べておきながら、その「栄養が吸収できないもの」で太るのだろう?
パンで太っている人が独自に光合成をしているとでも言うのなら話は別だが、そうでなければこれは「セリアック病で太っている人は、小麦とは別の要因で太った」と明かしているのと同じ事。
つまり、肥満の原因はこれが述べるような「小麦」のみが原因ではない事になる。
そんな折、著者が肥満の原因として挙げているのが、グルテンに含まれる「グルテオモフィン(造語)」という物質。
モルヒネ等と同様に、中毒症状をもたらすらしい。
それにより、もっと食べたい、もっと食べたい、となり、大食いをもたらすとの事。
しかし世界的に流通している食品”チョコレート”にも、モルヒネと同様の作用を持つ”エンドルフィン”を持っている。
小麦のみを、悪の大将のように取り扱うが、それはやはり大袈裟でないかと思わざるを得ない。
けれどそれも至って当然のことで、著者のミスというより、甘さのミス。同じアメリカ人ならば、その食欲の貪欲さにも気付いていても良さそうだが。
本文ではパン内のたんぱく質を害視する姿勢を崩さず、
中には
こうしたたんぱく質にはアグルチニン、ペルオキシダーゼ、α-アミラーゼ、セルピン、アシルCoAオキシダーゼに5種類のグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼがあります。それに、β-プロチオニン、プロインドリンaとb、でんぷん合成酵素も忘れてはいけません。
小麦はグルテンだけではありません。
このように、小麦に存在するたんぱく質を挙げ、如何にも「小麦にはグルテンのみならずこういった害するたんぱく質も在るのです!」と謳わんばかりだが、ここに挙げられているたんぱく質に、それほど害が在るのと報告はない。
尤も、実際に本文中には「パンの中にはグルテンのみならず、こういった害するたんぱく質も在るのです!」とは書いていないので「それは勝手な想像だろ」と言われれば、それまでだが。
しかしこの様な書き方では、そのように想定してしまう。
夏場、ポスターに写る”コーンカップに乗った丸く白い物体”を見て、誰がその”丸く白い物体”をアイスでなく豆腐と思う?
また、本文には総合失調症になった患者が小麦食品を避けることにより、その症状が改善された、と述べている。
しかし人間は生きる上で、身体が自由に動くのであればただ食べて寝るを繰り返す生物ではない。
食べ物以外の要因もあったのではないか?と考えるのが普通。
確かに、小麦食品を絶った事による影響は当然あるだろう。
しかし改善の要因は、果たしてそれだけだろうか?
要因は意外にも小麦を絶った事ではなく、小麦の代わりとして出された食品が、総合失調症に対する効能を持っていたとも考えられるからだ。
「小麦食品を食べると、異様な食欲に見舞われる 」というのも、それは寝不足であったり、ストレスであったりと、他の要因も十分に考えられる。
なのでこのような要因を考慮の上で、小麦を絶つ事の実験結果を示してほしかった。
センセーショナルなタイトルの方が売れて話題になると言うのは良く分かるが、幾分も大げさである感は否めない。
もちろん、真実を述べている箇所も在るだろうし、興味深い研究結果も示唆されている。
その興味深いものには、小粒子LDLがある。
動脈硬化をはじめとする心臓病はリポタンパク粒子による問題。
このリボタンパク粒子、超低比重リポタンパク(VLDL)という種類があり、これが大粒子LDLと小粒子LDLを生み出す。いわばVLDLはLDLの親。
VLDL粒子(親)は肝臓から血液中に入り込むと、子どものLDLをたくさん生みだす。
肝臓から出た時点ではVLDL粒子は多くの”トリグリセリド”という物質を含む。
”トリグリセリド”を大量に含むVLDL粒子が血液を循環すると、LDLにもHDL(高比重リポタンパク)にも反応し、コレステロール分子と引き換えにトリグリセリドを与える。
”トリグリセリド”を大量にもらったLDL粒子はさらに別の反応が起こり、VLDL(親)から与えられたトリグリセリドが取り除かれる。
するとどうなるか?
LDL粒子はコレステロール分子を失う代わりにトリグリセリドを得る。だがその後、貰ったトリグリセリドも失う。
結果、LDL粒子は最初の状態から数ナノメートル小さくなる。
これが問題とされている”小粒子LDL”。
この”小粒子LDL”が増えると動脈壁に蓄積され易く、結果的に何かしらの心臓病を引き起こす要因になり易い。
確かに大問題だ。
もしも体内のトリグリセリドが過剰になった場合、当然VLDLが持つトリグリセリドも増える。
それが多くの小粒子LDLを生み出してしまう。
この循環が問題なのだ。
悪循環を断つには、小粒子LDLを多く生み出さないこと。
そのためには、トリグリセリドを過剰に生産しないようにする事が必要に。
体内のトリグリセリド値を低く保てれば良いわけだが、著者によると、このトリグリセリド値を高くしてしまう物質こそが『炭水化物』。
そう、お得意の小麦攻撃のスタートだ!ヒャッハーと著者も喜んでいるだろう。
しかし冷静に考えて『炭水化物』は小麦のみではないのだから小麦のみ叩き潰そうとするのはどうかと思うが、そんなことよりもここでは炭水化物過多によるトリグリセリド過多が問題だろう。
結局は「炭水化物を食べ過ぎるな」ということで解決できそうではあるが‥。
このように 本文後半は興味深い内容が多く、ためとなる知識も多い。
だがやはり”小麦”を最大の敵としている箇所が多く、要因の全てが「小麦が犯人」と言い切れない事例においても、著者は全て「小麦が犯人だ!」と言い切る。
おそらく著者が探偵である世界が存在したなら、殺人犯はのうのうと生活を楽しんでいるだろう。
時折挟む、患者の小麦断ちによる治癒例が、これまた胡散臭い。
なかでも、小麦をやめたら歩けるようにもなり、走れるようにもなったという、ジェイソン氏の話。
ジェイソンは26歳のソフトウェアプログラマー。頭の回転が早く、瞬時にアイデアがひらめくタイプです。
彼はただ「健康」になりたい一心で、若い妻とともにわたしの診断室にやって来ました。
(省略)
わたしは、小麦除去食の進め方を詳しく説明したプリントを手渡しました。
「試しに4週間だけ小麦をやめてみてください。調子が良くなれば、これが答えです。何も変化がなければ、答えではなかったことになります」
3ヵ月後、ジェイソンが再来に訪れました。関節の痛みを感じさせる風でもなく、ぶらぶらと気楽そうにはいってきたのが印象的でした。
ジェイソンは大幅な症状の改善をほぼすぐに感じ取っていたのです。
「5日が過ぎるころ、驚いた事に、すっかり痛みが感じなくなっていました。とても信じられなくて--これは偶然だろうと思って、試しにサンドイッチを食べてみると、5分もしないうちに、8割方の痛みがぶり返したんです。それで納得しました」
(省略)
さすがに、久し振りにパンを食べても、5分もしないうちに症状が再発するのは在り得ない。どう考えたっておかしい。
それはどうみたって、他の要因、病気だろう。
信憑性をもたせるために載せてるのであろう患者治癒の実例。
しかしこれでは逆効果だと思う。
ここまで信憑性に疑問がもてると、もはや創作話。
今後は一部を小説として売り出しては如何だろうか?
他の一部には体のpHが酸性に傾く事の害についてや、蓄積すると組織の衰えをもたらすというAGEについてなど、 とても注目すべき事も書いてあるので、読み応えはあるし興味深くも在る。
それだけに各所でインチキ臭を撒き散らしているのが残念。
小麦が人に大きな害として挙げている要因。
それが”血糖値の急上昇”なわけだが、それにしたって、やはり食べる量の問題なのでは?と思えてしまう。
そして患者は誰もが「小麦を絶ってから体重が落ちた」と言うが、それはケトン体になったにすぎず、別に肥満の原因として小麦のみが悪かった訳ではないだろう。
食べ過ぎ。
著者は政府が定める量のパンを食べ、太り、病気となったので
小麦が原因ではないか?と思い立ったそうだが、そもそもその政府が定めたという食事の量に対しては疑問を持たなかったのだろうか?
オオカミ少年はどうやらパン嫌いの大人に育ったらしい。
そう言い切りたいけれど、小麦食品を食べていると過食気味に‥という話も聞くので一概にすべてが嘘とは言えない内容。
やはりこういった衝撃的な内容には未だ結論が出ておらず、物議が続きそう。
それだけに興味深い内容ではあった。
けれどパン好きとしては、胡散臭い内容により、逆に救われた心地でも在るのだけど。