味覚 ”おいしい”について、その構造などを科学的知見と様々なテーマに乗って解説する一冊。本自体はページ数少なく薄いながらも内容は濃く、 ”おいしい”とは何か?、どういった状態なのか?についてしっかりと学べる。
まず面白いのは、魚、貝、肉、ウニなどの味は、『アミノ酸+うま味物質+食塩』の組み合わせで実に忠実に再現ができるという事!
例えばカニの場合、グリシン、アラニン、アルギニンという三つのアミノ酸、グルタミン酸とイノシン酸という二つのうま味物質、そして食塩とリン酸カリウムによって再現できるのだという。研究者によれば、 非常に上等なカニの味がしたとのこと。
あと興味深かったのは枝豆の話。
枝豆はよく「収穫後すぐに採ったのは美味しい!」と聞いたことがあり主観や眉唾ものかと思いきやそうではない。
枝豆の味は主にショ糖とアミノ酸で決まっており、収穫されると、根や葉から種子に配給されていたこれらの栄養配給が絶たれる。枝豆の種子は収穫後においてもタンパク合成を行い、その際に自分のアミノ酸を使用してしまう。こうすることでアミノ酸の含有量は低下。さらにショ糖さえも呼吸や他の物質の合成に使用するので含有量は低下し、結果的に味も一緒に低下する。
実に分かり易いプロセスで、朝もぎのとうもろこしが美味しいという理由も同じとのこと。実に納得。
このタンパク合成と呼吸は酵素が関与しているので、加熱で酵素を失活させることで止められる。よって収穫後は、すぐ加熱しよう!
そして重要なのは、野菜の場合。
野菜は、ものによっては氷温冷蔵により味が良くなるという事実は衝撃的!
野菜においても、味を低下させる呼吸の働きは上記の枝豆と同じ。だがその際、温度を下げる事によりその働きを遅らせる事ができるとのこと!
呼吸量を低下させる事が出来れば糖分の消費が抑えられ、おいしさを長く保てる!
ジャガイモなどの場合は0℃付近で長期保存すると、糖度が増して甘くなり、おいしくなるというから驚きだ。
そして昔からある都市伝説「中華料理を食べると、そこに含まれるグルタミン酸ナトリウムにより頭痛などの症状を引き起こす」といった説を綺麗に一刀両断。それも科学的に。
要約すると、口から摂取したグルタミン酸ナトリウムは 大部分が腸粘膜において代謝されてしまい、よって全身を回る血液系には移行しないとのこと。さらにグルタミン酸は食事と共に比較的多量を摂取したとしても、血中のグルタミン酸濃度は上昇しないそうだ。
そして味覚に関して言えば重要なのは”おいしさ”を決めるのが”味覚”のみでないこと!
食感や温度、匂いや雰囲気までもが味の良し悪しを決める重要な要素。
さすがは人間、複合体であり、グラグラ揺さぶられる気高い精神とやらを持つだけある。よって機械の味覚センサー君が”「コレハ最高においしい!」”と判断を下した食べ物でも、それが糞の形のハンバーグならば「‥不味い」と人は言う。
中でも、その ”おいしさ”を交感神経、副交感神経の自律神経観点から眺めて判断するという研究もあり面白い。
基本的に「おいしい」と思うときには快情動で副交感神経が活発にあり、これは幸せで穏やかな気分になるため。
逆に「まずい」と思うときには不快情動で交感神経が活発になり嫌悪感やイライラをもたらす。
つまり「おいしい」「まずい」の評価基準には自律神経との係わりも重要であり、それは心理的な関連性の重要さを示すものでもある。
そして注意すべきは副交感神経が働いていると言っても、必ずしもおいしいというわけではないということ。副交感神経はおいしいものを食べたときにのみ働くわけではないからだ。つまり目の前の彼女が僕の料理を頬張り静かに微笑んでいるのは、おいしいからではなく、食べながら今朝視聴した猫動画を、頭の中で必死に再生しているかもしれないってことだ。
しかし副交感神経こそが平穏やリラックスをもたらし、摂食行動を誘発するのは間違いなく、よって良い匂いや良い雰囲気も、味の良し悪しを決める重要な調味料なのだ!
だから汚れ錆付いた皿は今すぐ叩き割ってしまおう!
あと、昨今では高血圧対策として一日の塩分摂取量に注意を促しているが、その節制にはあまり効果がないとする実験結果には衝撃。
日本の規定では一応1日の塩分摂取量を”5g!”としているそうだが、実験ではより摂取する塩分を控えさせたところ、結果的には血圧の違いに有意な差異は確認されなかったとの事。つまり実際にそこまで塩分を節制しても高血圧との関連性は見られず、むしろ極端な減塩は心臓疾患をより誘発し短命になったという結果も!
「じゃあ節制なんて意味ないじゃん。これでやっと味噌汁ドリンクバー解禁だ!!」なんて浮かれるのも早計で、やはり摂り過ぎも良くないとの事。
それでも塩分摂取量というのは深刻に気にするほどの事ではなく、一日の塩分摂取量はだいたい10gほどでも大丈夫とのこと。それならば今後も一応はしっかり味のある日本食を食べても大丈夫そうだ。
本書ではさらにおいしさと脳構造につての関わりも述べており、各種の味の脳内における受容体の場所から、味の認知のプロセスまでをも解説。
おいしさを実感させる脳の仕組みや、もっと欲しいと思わせる脳の仕組みについての解説(GABAが関係)もあり、ダイエット挑戦のため脳のプロセスを知りたい人にもお勧めの内容。もちろん、おいしいとなぜ食べすぎてしまうのか?ことの解説もあり、人間の生態システムにおける不便さも知れる。
現代において、食とは大きな娯楽の一つ。
その上で「おいしいとは何ぞや?」と疑問を持つような事があれば、是非とも一読する事をお勧めする一冊だ。