ビゴさんのフランスパン物語
日本に本場フランスのパンを伝えたのがカルヴェル氏なら、日本に本場フランスのパンを普及させた功労者こそフィリップ・ビゴ氏。
本書は、そんな彼についての半生を綴った内容であり、
フィリップ・ビゴというユーモラスなフランスパン伝道師の人柄を知れる一冊!
本書は氏の半生のみを綴るのではなく、平行して日本におけるパンの歩みも紹介。
そこではパンに関する本質的な解説も成され、粉の違いによる出来栄えの違いについて、また、本場フランスではどの程度の灰分比率の粉が、パン用として適切とされているか?
蒸気入りの窯が登場したのはいつ頃か?
など記載されており、なかなか興味深い。
よって本書はパンの勉強にもなり、
同時にそれはビゴ氏が日本のパンの発展に大きく関与している事と相関する。
そして、本書の芯である、ビゴ氏の半生について。
そこで見えてくるはパンを慈しむ姿であり、そして意外なのは洋菓子の発展にもビゴ氏が貢献をしていたということ。
パン職人であると同時に、優秀な菓子職人でもあったビゴ氏。
当時の日本においては、まだ洋菓子に馴染みが薄く、黎明期であったことを示す象徴的な、当時の現状が述べられている。
大きなエクレアを焼き、底にカスタードクリーム、その上に生クリームを絞り、間に皮のついたメロンをはさみ、上にチョコレートをかけ、アーモンドスライスを散らすといった具合だ。
おいしいものをぜいたくにお客さんに食べてほしいというサービス精神のあらわれなのだが、これではいったい何を食べてもらいたいのかがわかりにくい。
これに対してフランスでは、
チョコレートのエクレアには、必ずチョコレートのカスタードが詰められ、きちんとチョコレートのフォンダン(砂糖、水、水あめを煮つめて、ペースト状に練り合わせたもの)がかけられている。
フランスでは素材それぞれの持ち味を損ねないように工夫されており、
すべての素材に協力させて、全体の完成度を高める。
そうしたことに、当時の日本人は気付かずに居たとのこと。
そこでビゴ氏が語る印象的な言葉は、
フランス人はまず「おいしくするために」と考えるが、日本人はまず「目に美しいもの」、だから若い職人はすぐにデコレーションを担当したがる。
こういった現状を目の当たりにし、
「おいしいものと基本を大事にすること」を、言い続けたそうだ。
「目に美しいもの」を求めがち、というのは日本人の気質が表されているようであり、感慨深い。
また、本書内にはバゲットのレシピも記載され、さらにパン・オ・ルヴァンやクロワッサンのレシピも!
クロワッサンでは、由来の小話に少し驚く。
それは、クロワッサンが三日月由来の形であり、ウイーン生まれとは知っていたが、このときのクロワッサン、なんと今のような折込の発酵生地ではなく、ただの発酵生地を使用したパンだったとのこと!
現在の、折込生地使用のクロワッサンを考案したのが、パリの職人!つまり現在の、軽くて繊細かつバターの風味がたまらなく美味しいクロワッサンは、フランス生まれ!
本書を読み、
一読して思うのは、ビゴ氏は古風な職人気質であるということ。
「時間」と「味」を問われれば、迷わず「味」のほうを選択し、
それに伴う長期労働はなんのその。
一見すれば、とことん質にこだわる立派な職人で、
もちろん、そうした姿勢は素晴らしく、賞賛以外の言葉を送れば咎められるだろう。
けれど長時間労働を全肯定し、
「これこそ一流!」
と謳われようが、
そこの部分を一概に褒め称えるのは、果たしてどうなのだろう?ともつい思う。
仕事の量と質、このバランスがどうかという問題は難しく、そんなジレンマに浮かぶ解決案としてひとつ。
結局重要なのは、
「長時間労働を苦と見るか、それとも「長時間労働だった?」と時間を忘れられる仕事かどうか」
であると思う。
職に対する向き・不向きの適正の見極めは、結局ここに帰結するのでは?
そういった意味では、一読するとビゴさんにとってパン職人はまさに天職!
こだわりが著しく、そこに楽しさ見出す姿勢から、そう思える内容であった。
最後に、
氏の人柄を表す、なだいなだ氏との粋なやり取りが引用されており、
その部分が特に印象深かったので紹介。
ここのお菓子も、日本風になったフランス菓子でなく、
パリの街角で見られるお菓子である。
省略
目を楽しませるお菓子もある。だが、これは芸術品に近い。菓子職人が、時間をかけて、ファンタジックなもの作るのだから。夢を買うみたいなものだ。
「高いのだろう」と言ったら、
フランス人の職人君、答えた。
「原価は安いものだがね。だがあんたは、作家だが、紙とインク代だけで、原稿を売るまい」。
なかなか味のある返事だった。
言うまでもなく、この職人君こそフィリップ・ビゴ氏のこと。
ユーモアとエスプリの効いた心地よい返し。
ここにも、氏の魅力的な人柄が表されていると思う。
パン職人も菓子職人も、クリエイターであることを再認識させてくれる。
おおよその物は、原価が安い。
そこに付加価値つける者こそ職人で、白紙の中には無限の可能性。
それは、パン職人然り、ということだ。