book and bread mania

-中途半端なサウスポーによる日々読んだ本の記録 + 雑記 + パンについて-

9月に読んだ本からおすすめ10冊を紹介。

気づけば既に師走。
年越し前にはやり残した事を減らそうと簡潔にまとめ。
 
9月に読み終えた本は31冊。

その中からおすすめの10冊を紹介!

 

 

第10位

月と太陽

月と太陽 (講談社文庫)

月と太陽 (講談社文庫)

 

 SF短編集。震災後の復興後に書かれた作品集らしく、またその震災を根幹のテーマにしているらしく、その影響はどの作品にも感じられた。

内容として全5編が収録されており、印象的なのは本書内にて一番の長編である『絆』という作品。

これは結合双生児の話であって、作中では「寧ろ結合していない人間のほうが不幸である」としたことをテーマにしておりその独自な着眼点に面白いなと。ただ難点は多少なりとも冗長に感じられる点で、そのせいでテーマは良いのに一般受けしないのでは?とも思えた。

それでも結合双生児による結合双生児独自の内情を語り綴るその文章は魅力的で、他にあまり類を見ないと感じられる魅力的な作品。

他に印象的だった作品としては「AIサイコパスを作り出して、サイコパス特有の観察眼をAIに用いることで犯罪防止に努めよう!」とする短編で、これなどはアニメのサイコパスとアイデア自体が多少かぶっているせいもあって物足りたく感じたりしながらもその発想自体は面白い。あと「ミッドナイト・パス」は衛星の話。というか本書は衛星の話が多いなと思わず感じてしまうほどには多かったのだけど、この作品はその衛星観測をメインにした作品であり、取って付けた感の強い恋愛要素は無粋に思えたものの工学の面白さも熱さも感じられる作品であったので好き。

他の短編、飛行気乗りの話は情緒があって悪くなく、そんな中でも注目すべき作品は本書で一番SFしてる「未来からの声」。これもまたある種、双生児の話のようにコミュニケーションの新形態を感じさせる作品であって、この作品ではよりノンバーバルコミュニケーションの可能性を示していたのが特徴的で最後の落ちとしての、小説ながら「文字によって表現できないもの」をまさに示さんとするあたりが特に面白い!さらに読みやすさと程よい長さの文章量、未来からメッセージが来るというSF性とそのメッセージが言葉以外のものといった折衷二元論的な構成に魅力を感じたこともあって本書のうちでは一番好きな作品。

 

 

第9位

『性的人間』

性的人間 (新潮文庫)

性的人間 (新潮文庫)

 

 内容としては短編集で、表題作が主にページ数を占めるものの他の二作も案外味わい深かった。表題作『性的人間』は前半、後半にはっきりと分けられている構成で、前半は避暑地のような場所に札名に言った際における、性に対して開放的な状況を描き同時にそれで登場する人物像たちの輪郭を際立たせており、後半は性倒錯のような置換話でちょっと驚いた。なにより痴漢同盟というのはその発想は面白く思えたりはしつつ終盤に迫る主人公たるJの心的状況を心情は一種の免罪的な思惑があるのだとするのは還元的で表面的。

次に載せられた短編『セブンティーン』は、最初コンプレックスの塊であり学生17才になった少年が、右翼になることで自身に自信をつけコンプレックスを跳ね除け生きがいも頼りがいも見につけて変貌していく姿を描くもので、一昔前のなろうに匹敵するサクセスストーリーさを感じさせる秀作!

前半のじめじめを吹き飛ばすほど後半は爽快であり読了感も清清しかった良かったほど。そしてこの作品のメッセージ性としては「自信が自身をつくる」といった、人生におけるひとつの真理を箴言めいて表現されているものでありそれがたとえひとつの悪的なものであろうと(ここも重要に思え、それは”悪”的なものであるのか?と問わせる点にもあるように思える。)自信たる自らの肯定源と成るならば良いのでは?というメッセージ性を感じられた。

そして最後の短編『共同生活』はまさにモラトリウムを描ききった作品で、厭世染みささえも感じさせ働く大人に情景を抱く青年と、それとつるんでいた少年たちの友情の変化を描く作品であって、そのアクセントに”精神病院から脱走した基地外”を用いているのが特徴的で、そのきちがいの描写などは著者が楽しんで書いているようにも思えたり。それはそのきちがいなる者が「地獄とは?」を問うて歩く愉快さにあり、しかし最後の落ちは多少衝撃的。

そうして読み終えた作品最初の印象として、例えそれが幾分もの時代を隔てた青春小説であろうと「面白いものは面白い」といった享楽の普遍性であり、『セブンティーン』は現代にも通ずる娯楽性を含めて傑作であると思う。それは影響を平易に与えやすい、といった意味においても。

 

 

第8位

『比類なきジーヴス』

比類なきジーヴス (ウッドハウス・コレクション)

比類なきジーヴス (ウッドハウス・コレクション)

 

 ふと読んでみると、これがまたとても面白い小説で驚いたほど。

ユーモア作家としてイギリスでは代表的であるとの事で期待して読んでもその期待に十二分と答えてくれる作品であった。というのがまず第一に感じた忌憚なき意見。純粋にとても楽しめ、そして実に笑えた。

まず設定として昨今では実にありきたりながら、その王道をまったく謳歌するかのごとく生かしきっており、似たようなキャラクターの設定をまた日本の作品でもあまた見るので「これがもとネタ?」と思えたほど。それは女好きですぐにほれてしまう親友ならびに頼りない主人公と、絶対的に頼りになる執事。個性豊かなヒロインたちに、絶対的権力を持つ恐ろしい叔母さんなど。個性に満ち溢れた面々が繰り広げる劇に、またいやらしい正確のやつも出てきて舞台を盛り上げ、またイギリスらしい風刺や皮肉を利かせたユーモア在る表現がとてもツボであってそうした部分が特に笑え、とても楽しめた。全体的に小分けされた話の連作で、戯曲的な滑稽さを感じられた。

 

 

第7位

『猫の伝説116話―家を出ていった猫は、なぜ二度と帰ってはこないのだろうか?』

猫の伝説116話―家を出ていった猫は、なぜ二度と帰ってはこないのだろうか?

猫の伝説116話―家を出ていった猫は、なぜ二度と帰ってはこないのだろうか?

 

日本における猫に関する逸話を集めた一冊。

猫好きな著者が逸話を集めまとめただけあって全体的には猫に対し好意的な話が多かった印象。しかし読み進めると「猫また」の項では猫がなかなかえげつない扱いを受けていたという印象も。

全体的には小話の集合で、時代柄か簡単にざっくばらんと切り捨てられてる展開が多かったのも印象的。また猫の死体の上に植物が栄え、急に実を成してそれを食べて当たるといった話が多かったのも特徴的。

本書はまさに猫の古今和歌集のようなもので、猫に関する逸話の小話が集約されている。

”猫”その存在性の見方についても知ることのできる民俗学的価値も感じた一冊。

猫の恨みは恐ろしく、怨念は人に引っ付きまわり、猫またとなって化けて人に害を。大いに可愛がられた反面、こうしたイメージも強いのだと。

あと個人的に印象深かった話としては、寺に長く住まう猫が(主人の住職を三代見守っている!)喋れるようになりそして寺に住んでいるだけあり今までの鼠の殺生を憂いそこで頭を丸めて念仏を教わるようになるという話。

特に印象深かった話は、長く住まう猫が仏壇に供えた仏飯を食べたことによって妖怪になり、次に覗きみると猫は立って踊りだし(猫が踊りだす、といった話が多かったのも印象的で、そして可愛い)、それを見た家の主人が「これが周りの家に知れれば気味悪がられ苛められるだろう」と思い、その猫に実際懇々とこのことを話し猫を家から出て行くように説得し赤飯の握りを持たせると猫はぽろぽろと涙を流しながら家を出て行ったという話。

とりあえず猫好きには良い本。

 

 

第6位

ゴーストバスターズ

ゴーストバスターズ―冒険小説 (講談社文庫)

ゴーストバスターズ―冒険小説 (講談社文庫)

 

本小説の内容としては…まあ、一言で言えば、想像通りの独自性。

物語自体としては、読む前では表題からして「映画のゴーストバスターズをモチーフに?」なんて風に思えていたが、実際に読んでみるとそこに関連性はほぼなく、寧ろここで示す「ゴースト」とは攻殻機動隊の示すような「ゴースト」であり、生命のより根源的な、生命を成り立たせようとするその「生命」たる生命自身の存在を解き明かそうとするなかなか哲学的なテーマであり、そのため場面は様々移り変わって輪廻のような演出多し。そしてやはり著者の特徴とも言えるパロディの多さもまた随所に見受けられ、そのうちでは特にペンギン村の話が印象的。ドラゴンボールの名前もそのまま出てきたりとで著者はどれだけ鳥山明が好きなんだよ!とも思えたりした。

ただ「ペンギン村に陽が落ちて」はギャグ漫画の世界そのものに切れ込むような内容であって、ここは最初、どうかと思うもこの章を読み終えるころには印象がガラッと代わるのだから凄い。

締めさせる命の有限性と、ギャグ漫画における不死性観の逆転は読み応えあり。

あと地震を登場人物として登場させたり急に語り部の視点が変わったりとメタ的な部分も多く、著者が登場人物として登場するのも特徴的。そうした多面的な読み方をさせながら、それで退屈させないのだからこそ凄い作品。

 

 

第5位

『謎解き・海洋と大気の物理―地球規模でおきる「流れ」のしくみ』

謎解き・海洋と大気の物理―地球規模でおきる「流れ」のしくみ (ブルーバックス)

謎解き・海洋と大気の物理―地球規模でおきる「流れ」のしくみ (ブルーバックス)

 

 ブルーバックスの一冊。

読むと、大気の流れの理由をはじめ気象についての基本的な知見を得られる一冊であり天気予報の見方が楽しくなってくる本。

最初にまず深く印象的だったのは海での流れについて。

つまり対流がどうして起きるのか?とした疑問はなるほどいわれてみればもっともであり、そして明かされる理由は至極単純。それは場所によっての大気圧の差による現象なのだと。これはとてもわかりやすく思わずはっとし合点してはなるほどなあとうなってしまった。と同時に、そこでは再び気圧その存在の面白さとまた大気圧に逆らうため生物に備わった排斥的な気圧への憧憬的な不思議さを改めて感じうるとそれは「では気圧が低いところでは背が伸びやすいのではないか?」となんて疑問も浮かんだり。

これなどは今後に登山した際、実際に検証してみようかなと。

あと「水は4度が一番重い」なんていうのは初めて知り、さらに海水では塩分を含むため2℃が一番重いと知って驚いた。

ほかにエルニーニョ現象についての解説などもあって、そのあとには海流をはじめ海の状態変化は大気の状態とも大きく密接していることを解説。よって海の状態とは気象学とも密につながっており、言い換えれば海の状態もまた大気などの説明によって成すことが出来ることを懇切丁寧に解説。

尤も、そうは言っても事はそう単純過ぎることはなく、終盤には「科学について」をエッセイとして綴り、そこではバタフライ効果などの名も挙げて「計算するコンピュータにミスはなくとも、その指図をする人間に間違いはつきもの」としており、また「科学の正しさは大打数によって決められる」として事物の当面の正当性は「いってしまえば多数決で決まる」とする言葉が印象的。

気象学の入門には適切に思え、想像以上に良本だった印象。

 

 

第4位

『光と物質のふしぎな理論―私の量子電磁力学』

光と物質のふしぎな理論―私の量子電磁力学

光と物質のふしぎな理論―私の量子電磁力学

 

 ファインマンさんによる講演の内容をまとめた一冊で、その内容としては光電磁気学についてを平易に解説するもの。勉強になる内容であるのは当然として、なにより相変わらずのユーモア具合も健在で、読んでいて思わず笑ってしまうこともしばしば。

あと何より特徴的なのは、光子の動きを矢印の足し算と自乗の累積によって計算するように仕掛けられていることであり、方程式を使わずとも正確に光子の動きを計算できる形式を示す当たりさすがの慧眼さであり、本質を理解できているだからこそできる芸当なのかと思う。

方程式やら計算式によるものよりは直感的にも理解しやすい。

文系にもやさしい稀有な理系本。

 

 

第3位

ベルクソン哲学の遺言』

ベルクソン哲学の遺言 (岩波現代全書)

ベルクソン哲学の遺言 (岩波現代全書)

 

 ベルクソンについてのモノグラフ本であり、内容としては最初にベルクソンの残したという遺書の内容から解説をはじめ、それが最後にもつながるといった構成のもの。それはもとより、内容としてはベルクソン哲学の真意からその人隣までを解説しており、読むと納得できることは多く自分は多少なりとも理解が足りてなかったのだなということが幾分にもよく分かる内容。

するとまず印象的なのはベルクソンが哲学に求めていたものについてであり、それは「実証さ」であり古来からの哲学史によくある言葉だけの存在としての哲学を嫌悪し、そのため数学に精通しており理学的な考えに賛同する姿勢にてスペンサー卿の生物進化の哲学に対しての補強を行いたいというのが哲学を志すきっかけであったのだという。

哲学で重要とされている言葉の定義もまたこだわらないという点には特に共感が持て、そしてベルクソン哲学の重要なキーとして「持続」を何度も強調していたがとても印象的。かつ最大の特徴のようなものであり、やはり時間に対する捉えかたにこそベルクソン哲学における重要さがあるのだと改めて実感。

このあとには「直感」という言葉も交えて解説に入り、しかしこの直感なる言葉はカントや従来の哲学者が用いていた意味とは違い、それは持続する時間に対するものであるのだと。するとこの軸と成る「持続」という考え方は、時間と存在の所存を明らかにするものであり時間を「持続」するものであると捉えるのが意識としては必然で、記憶にしても同様であって持続する時間のうちから抽出しているに過ぎないとする。

他にとても同意できたのは、物象的なものと精神的なものとの区分についてであり、そこでの無機物と有機物(特に人間)との違いについてでは「反復」するもの(再現性があるという意味でも)が無機質的な物質であり生物は「持続」するものでありそこに大きな違いがあるのだという主張には目から鱗というより寧ろ腑に落ちた。

よって持続なる人間の精神は分割できる「量」的なものでないからこそ科学的に究明できないのであり、ここで精神が科学的に再現できないのは必然であると証明できるわけだ(再現できるものは反復するものであるから)。ここにベルクソン哲学の真髄があるように感じられた。この思念は言ってしまえば、当たり前。ただその思考を言語化でき、そしてその意味を言葉として表すことに成功していることにこそ、この哲学の本位があるように感じられる。

 

 

 

第2位

『貧乏人の経済学――もういちど貧困問題を根っこから考える』

貧乏人の経済学――もういちど貧困問題を根っこから考える

貧乏人の経済学――もういちど貧困問題を根っこから考える

 

 どうして貧困とは生じるのか?

その研究結果を綴った内容。

内容としては中庸というか、「貧困には援助すべきだ!」と「貧困すべきでない!」とする両意見を考慮し、というか一読すれば貧困の問題とは「援助するべき、もしくは援助せず自立の状況を促すべき」とした二元論的な思考でそう単純に割り切れぬものではないのだというのがよくわかってくる。

とても単純視して考えれば「貧困の原因とは認識不足、つまり勉強不足ゆえに貧困者の行動が適切にならず、その判断の誤りよる結果では?」のように思えなくもなかったのだけど、読み進めると貧困の原因とは貧困者による知見の貧しさからのみ成るものではなく、貧困者が貧困に陥る理由とそのような状況から抜け出せないのには奥深い理由もとより複合的な物の影響であるのだと理解が捗る内容。

個人的に印象深いのは貧困によるストレスの影響について。

そうした状況下ではコルチゾールが過度に分泌されるそうで、貧乏による生活への不安がこうしたストレスホルモンによってもたらさせる生化学的な症状であることを告げる。他に、貧困の状態から抜け出せないのは単に貧困層の人間が堕落しているからでも怠惰だからでもなく(全般的にそうとも言い切れないが)、判断不良や地域の組織的な決まりごとに対する対処の仕方故のことであり、貧困の原因とはきれいに単純化できないものなのだと。また将来性に対する見方の誤謬や適切な金融機関を利用する事の重要性を解説していたのも印象的。

貧困者こそ開業に向いている!とした章は読み応えがありそこでは経済学の勉強にもなり純利益と限界利益の違いについてなどは素直に勉強になった。しかし9章の、学校への支援金横領などを読むと思うのは、貧困たる原因として挙げるのはそうした支援制度の正確な機能が成されていない事にあるというが、そもそもの原因として倫理観の不足もしくは道徳の欠如につながり根本的な問題なのでは?と思えて成らなかった(これを一言で表せば、「支援する側も教育しろよ!」ということに他ならない)。

また「貧困を削減する魔法の銃弾はありません。」といった言葉も印象的。

そして発展途上国の現状が良く分かる内容でも在り、同時に、貧困層がどうして高金利の金融から借りるのか?の理由も合理的に(この貧困者による『合理性』についてこそ、まさに目から鱗であり、彼らにおける「形式」的合理性とはなるほど、それらは私たちが納得できないものではなく、寧ろ彼らの理屈を聞けば納得でき得る合理性があるからこそ、驚嘆すべきものであったとさえ言える)理解できる内容。

本書から得られる知見として面白くもあり重要なのは、こうした本書で語られる内容とは他人事ではなく実際日本のそれも多くの人にもこうした貧困者による「合理性」的な思考は当てはめられそして実行している大多数の人たちが存在する、という事実でありそれは内省を促す価値も在るよう感じられた一冊だった。

 

 

第1位

『時間について』

時間について―アインシュタインが残した謎とパラドックス

時間について―アインシュタインが残した謎とパラドックス

 

 ポール・デイヴィスによる一冊。

構成としてまるごと時間について取り扱っておりこの本からは思うことも多く、時間というその存在性に対し科学的、哲学的にもスポットを当てており「時間」好きには堪らず濃厚な内容。

この本からは得る物と思うことも多く、かつてマッハがその哲学において”絶対時間”と”絶対空間”を否定したことによって相対性理論の発想が生まれたことにも通じるような、時間それ自体に対する多方面のアプローチは、『時間』というその普遍的な存在に対する嫌疑と存在性に対する必然性、それに新しい見方を与える試みであって実に刺激的。

各人が抱く固定概念を瓦解させ得る破壊力を持つ内容の本であるのは間違いなく、今後に時間を作ってこの本について感想をよりまとめようかとは思う。