book and bread mania

-日々読んだ本の書評 + メモ集 + パンについて-

君のためなら千回でも

 

君のためなら千回でも(上巻) (ハヤカワepi文庫)

君のためなら千回でも(上巻) (ハヤカワepi文庫)

 

墓場まで持っていこうと決めた嘘があるか?

 

ある日、あのできことを境に、すべてが変わってしまった。

懺悔。懺悔。懺悔。

悔やんでも悔やんでも悔やみ切れない。

ああ、あの時、どうしてあんなことをしてしまったんだろう?

虚勢?見栄?自己防衛?自己顕示?はたは如何なる欲望からのこと?

分からない。だがやってしまった事実に変化は生じない。

 

後悔は誰にでもある。失敗も誰にでもある。

もし過去に戻れたのなら、あのときのあの瞬間の行動を変えていただろう。

しかしそんな事はできない。

今はただ起きてしまった現実を直視し、または必死に目を背け、とにかく前に進むしかない。

 

ああ、それがどんなに残酷な事か。いっそ、消えてしまえれば、どれほど楽になるだろうか?

すべてを受け止めてくれる愛などと言うのは、逆にとてつもない罰に思え、身体を締め付ける。

それでも生きているのは、微かであり膨大でもある、希望を見出し生み出すため。

希望は、まるで罪の意識から体をすっぽりと覆い隠すための鎧、罪の意識を忘却の彼方へ追いやるための檻、だから身体へ心へと希望を纏わり着かせる。

悪意を偽りの良心で囲い、囲い、囲い、出て来られないように仕向ける。

ただ必死に誤魔化す。相手を、周りを、自分を‥。

 

その錆のような後悔は、決して落ちず、消えもしない。身体にまとわり続けて蝕む続け、浄化はできない。

 

考えれば考えるほど、底なし沼にはまっていく。

逃げ出す方法は一つ。忘却。忘れ、なかったことにし、考えないようにすること。

忘れ、考えず、知らなかった事にしようと決める。

白紙、そう、白紙に戻してしまえばいいのだから。

 

 

 

 

希望を見出そうとする者だけが、希望を見つけられる。

罪を償おうとする者だけが、罪を償う術を見つけられる。

 

希望がなかろうがあろうが人は前に進むしかない。

 

 

美しい風景模写、葛藤の心理描写、それらを的確にイメージさせる表現力。

文章力とはまさにこのことで、行った事もない国、町、村へと、読者を連れまわす。

その場その場の建物、雰囲気、佇む人間たちのイメージが自然と浮かび上がり、登場人物に合わせて読み手の鼓動も早くなる。

 

日本とは全く異なる世界観、価値観、倫理観。

それでいても理解ができるのは、同じ人間だからだろう。

出身の差、身分の差、貧富の差。

それがいかにおぞましく、そして世界には蔓延しているのか。

差別を作ったのは人間。だから差別することの害悪さも、嫌らしさも、そして恍惚さも、本当は誰しもが理解している。

だからこそ、彼らの気持ちは痛いほどに分かるのだ。

 

日本にだって、差別は当然存在する。

それがあまり表面化されていないに過ぎず、本当は誰もが気づいている事。

 

葛藤を生み出す原因は後悔であり、しかしその後悔が葛藤そのもの打ち消すための必需品。

開放されたいのなら、その”後悔”という鍵を使いこなさなければ、何もおきない。

彼はその鍵をなくすつもりはなく、ずっと胸にしまい込み、けれど開放される事を願ったのだ。

 

 

そんな作品。

 

君のためなら千回でも(下巻) (ハヤカワepi文庫)

君のためなら千回でも(下巻) (ハヤカワepi文庫)