book and bread mania

-中途半端なサウスポーによる日々読んだ本の記録 + 雑記 + パンについて-

タタール人の砂漠

 

タタール人の砂漠 (岩波文庫)

タタール人の砂漠 (岩波文庫)

 

 思いのほか面白くて一気読みしてしまった。

そして本作品が全体を通して示すものは伝わり易く、これは万人に対するメッセージであり、盲目的な人生に対する警鐘なのだと。

昨今としては、生き方の多様性が求められる時代。そのような情勢においては批判も免れないような内容ながら、されど幸福のあり方についてを対比的に描き、その姿に真理性を感じられるのはやはり一つのひな型的ながらも幸福な情景とは人間である限りはシンプルであるのだと感じさせてくれるようなものでもあった。

本作品は一人の人間の人生を描いており、普遍的な日常に不可思議なものや非日常的な興奮を求めんとする姿などにはスタージョンの『不思議のひと触れ』に通ずる物を感じさせられたりも。

正直「すっきりとした読了感」というよりかは胃にずっしりくるような読了感をもたらし、それでも一読したことを決して後悔させないような示唆に富む作品であったことは間違いない。おそらく本書を読んだ誰しもが、主人公の影に自分の姿の一端を重ねるはずであり、過ぎ去る時間の早さと自分の居場所について、自省を自ずと促してくる。

終盤の展開はまさに悲劇的。同時にそれを悲劇的とすることこそが本当に悲劇的であるという二重構造こそ面白くもあり、人間の非論理的な点をまさに論理的に描いている点なんかは実にクールだと思う。

本書は居場所の物語であり、ロマンを追い求める憧憬についてであり、その結果を示す物語である。この物語から数多のアナロジーを感じられたのは確かであり、本書において示される砦。それが示すメタファーの分かり易さこそが人を惹きつける大きな要因であると思う次第である。

 


若い時分は、ひたむきな前向きさをもってしてどのような劣悪な環境も幸運への前兆であると捉えることは可能である。けだし、それが誤りであったのだと気付くに遅れるのは、誰しもが自分は特別な存在で、自分にしかない居場所があり、その居場所は愛によって確保されているものであると、絶対的な自信と自負を盲目的にも抱いているからである。そのような幻想をはたと解き、気付かせてくれるのが本作品である。