内容としては、タイトル通りに“うまさ”をいろいろな観点から探求。
科学的に検証・解説しており、専門用語が出ようが丁寧な解説が伴っているので、分かり易い。
構成は全10章から成り、各章は短めながらも追究心が深く、掘り下げる内容はどれも読み応えあり。
新鮮な刺身は本当においしいか、とする章では魚介肉の成分を分析し、
そもそも魚の美味しさって何?という点から科学的に述べる。
中では、
イノシン酸の方はほとんど味の力がないことが、最近の研究でわかった。おもしろいことに、イノシン酸をなめてみたときに、かすかにうま味が感じられるのは、この物質が唾液中にごく微量に含まれているグルタミン酸と相乗作用することによって、その味が現れてくるためなのだとされている。
うま味成分であるイノシン酸は、グルタミン酸と合わさると相乗効果でうま味を何倍にも感じる、というのはもっぱら報道されており知っていた。
けれど、イノシン酸のみでは、ほとんど味がないとは知らず多少驚いた。
同時に、唾液にはグルタミン酸が含まれているという事実も面白い。
また、刺身の鮮度と「おいしい」と感じるかどうかの関連として歯応えにも注目し、イノシン酸含量から分析する。ちなみに、はまちの刺身の場合は、適度な食べごろは即殺後10時間前後、とのこと。
脂肪と脳と快感についての解説にも興味を惹かれ、
脂肪に対して反応する味蕾は舌の先にある『鼓索神経』ではなく、舌の奥やその周辺にある『舌咽神経』が主に関わっているとこれを読み知った。
3章目の「おいしく太らない夢の油は作れるか?」
といった内容は現代人にとっては 興味深く、内容も面白かった。
ここでとても印象深かったのは、カロリーを抑えた脂肪代替物を使用しての実験。
マウスを用いた実験では、脂肪代替物を与えても脂肪のように好んで摂取するが、脂肪代替物であると満足度が低いといった結果が!
それには脳内麻薬として有名なβエンドルフィンが関与しており、βエンドルフィンによる美味しさの快感とそれに続くドーパミン放出による執着、これが油の満足感の正体!であり、脂肪代替物ではマウスから検出されるそれら物質の量に変化が生じた。
また、ドーパミンは「もっと食べたい」や、忘れられない感覚を形成する上で重要らしい、とのこと。
実験では、マウスは脂肪代替物には執着せず、といった結果。
ここで重要なのは、『おいしさ』には二種類が存在するということ。
それは口の中のおいしさと、消化吸収されてからのおいしさ。
その二つともがそろわないと、執着にはいたらない。それは満足しないということで、
偽物の油脂は体が見破った、ということに他ならない。
つまり本能的に油脂をおいしい、と思うのは口の中だけでの反応ではなく、体も栄養としてそのおいしさを味わっていることになる。
高度なおいしさには、口の中と、代謝後と、両方の満足が必要であると考えられる。
これが脂肪代替物を、本物の脂肪に取って変わらせることの出来ない理由。
なるほどなあ思うと同時に、人間の体が如何に効率よく栄養を求めるように出来ているかを示すようであって、感慨深い。
「あぶらはうめえから、たくさん摂れよ」と飢餓状態の多い時代を過ごした人間の腸は、脳に油脂をうまいと思わせたくさん食べさせようと目論んだわけだ。
この章では、脂肪代替物を用いて「カロリーの低くて満足できるチョコレートは作れるだろうか?」と疑問を呈していたが、その結論としては上記のとおり。脂肪代替物では体が満足せず、脳に行き渡る感想も味気なくなってしまう。
ゆえに、「太らないチョコレート」の出現は、結局は「食べる量にて解決しろよ」といった結論が一番まともであるということだ。
うまさと喉越しの関連性についての研究も、酒好きには重要。
しかし自分は酒をあまり好まずとも、この章もまた面白く読めた。
のどの上喉頭神経は水やアルコールによく応答するが、甘味や塩味には応じないという特徴がある。この神経は水線維と呼ばれ、この種の神経は舌には存在せず、喉にしか存在しない特殊な神経。この神経が刺激されると、味覚神経のひとつである上喉神経によって脳に送られ、のどごしの感覚を味わうことになる。
つまり、「ビールはのどごし!」といった主張は生化学的にも正しい主張であり、ビールはのどで味わっているのだ。
内容ではさらに掘り下げ、「ビールの切れ味とは何なのか」といったことまで解明しており、飲み応えならぬ読み応えあり。
あと面白いのは、のどの神経応答に対する塩味の効果。
私たちがお酒を飲んで、塩気あるつまみを食べるということは、お酒によってのどに生じている感覚をリセットし、またおいしく味わえる状態にしているのである。
塩分濃度が高いものによってのどが刺激されると、それまでにあったビールの応答が抑制される。よって塩気あるつまみは、毎度ビールを美味しく飲むための生化学的反応であり、その正しさも立証されていた。
「酒のつまみにはしょっぱいものを」
といった行為に正しさがあるのは、人間が古来から酒と長い付き合いによって築いた直感的な叡智では?とも思う。
おいしさには唾液の存在も重要。
唾液リパーセは脂肪の消化を助けるには分泌量が少なすぎるうえ、味蕾の多く集まる有郭乳頭と葉状乳頭においてのみ作られる。
これはつまり、味覚を生じる程度の軽い消化をおこなっている、とのこと。
脂肪は5つの基本味に含まれないが、脂肪の多い食品は一般的においしい。
しかし、脂肪自体が味細胞を刺激する程度は弱い。一方、分解産物である脂肪酸は細胞を強く刺激し、味蕾近くで分泌されるリパーゼが脂肪を軽く分解し、味細胞を刺激しする!唾液の働きによってようやく、脂肪をうまいと感じているわけだ。
あと前から疑問に思っていた、
「どうして、タンパク質には味がないとされている?」
といった疑問にも簡潔な答えが述べられており、納得できた。
曰く、
高野豆腐の汁の味もビフテキのジューシーな味も、タンパク質ではなくアミノ酸、塩分、有機酸、核酸塩基、糖分などの低分子物質の味なのである。
大豆タンパク質を含む豆乳を加熱すると、タンパク質分子が互いにつながりあって、三次元に広がる網目のような大きな構造体をつくる。これが豆腐の正体だ。
中略
本体のタンパク質には味がない。
タンパク質のような分子サイズの大きい物質はたいてい味がない。巨大分子構造をしている澱粉にしろ、多糖類やDNAにしても、味はないのである。
これが「タンパク質に味がない」とされる理由。
では何故、タンパク質のような分子サイズの大きい物質には味を感じないのか?
その答えも明瞭。
舌の表面には味細胞と呼ばれる特異な細胞がある。その細胞上に存在する甘味の受容体に結合できるのは、分子サイズの小さいアミノ酸や糖などに限られる。タンパク質のようにアミノ酸の100倍以上ある高分子は、到底、結合できない。
つまり「どうして、タンパク質には味がないとされている?」というのは、味細胞が結合できないほどにタンパク質の状態では分子が巨大であり、それを分解して小さくすることによって、初めて味覚受容体が味をキャッチできる、というわけだ。
では俗に言う「味を感じ難い」や、味覚オンチは、唾液量の少なさも関係しているのかもしれない。
ここで最後に「おいしい」の正体とは?について。
脳内にはベンゾジアゼピン様物質というものがあると考えられていて、これが、おいしいという感覚をもたらすと推定されてきた。
このベンジゾアゼピンという物質自体は、薬品の一種で、脳内に同じものがあるとは考えられない。同じ作用をする類似の物質が脳がつくっていると思われている。
ここで面白いのが、この記述がある章のテーマが『まずいものはなぜまずい』というものであり、すると「おいしい」の正体が明らかとなったところで、反対のものも登場。
この物質を邪魔して、反対の作用をする物質が実際に脳にあることが明らかになっている。ジアゼパム(ベンジゾアゼピン)結合阻害物質。略してDBIという小さなタンパク質だ。
つまりこれからは、まずい手料理を食わされたら「…まずい」と口に出すのをはばかられても、「DBI風味たっぷりだね!」と口に出せば良い。
本書は紹介しきれぬほどに各章どれも充実しており、”おいしい”に関する知見を深めるにはもってこいの内容。
食、それも「おいしい」といった事象に興味のある方には、お勧めの一冊。