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book and bread mania

-日々読んだ本の書評 + メモ集 + パンについて-

なぜ、あの人がリーダーなのか?―科学的リーダーシップ論

 

なぜ、あの人がリーダーなのか?―科学的リーダーシップ論

なぜ、あの人がリーダーなのか?―科学的リーダーシップ論

 

 良いリーダーになるにはどうすればいいか?

最高と呼ばれるリーダーになるためにするべきことは?

等を内容とする自己啓発書は数多くあれど、リーダーの支援者、つまりフォロワーに焦点を当てた本は珍しい。

しかしフォロワーあってのリーダーであり、フォロワーなければそもそもリーダーとは成り立たない。故にフォロワーを理解する事こそが、リーダーとしての素質を持つ上では重要であり、彼らがなぜリーダーに従うのか?それを実験結果などを交えて分かりやすく解説する本書は、よりよい現代的なリーダーを形成する上では一読して必ず損のない内容!盲目的であり誤謬な”リーダー像”を修正してくれる良書でもある。

 

そして、リーダーシップとは何か?

それを解き明かすためにほかの動物への視察、実験結果を踏まえ、”そもそも何故リーダーシップなるものが誕生したのか?”という根源的なところにまで探り入れているのが印象的で、単にリーダーシップを確立させようとする本と違ってリーダーシップの根本を解説。歴史的な観点からの探求、他動物との比較などもあり、知的好奇心が刺激され単純にサイエンス本としても面白い。

 

人間の歴史が200万前から始まったとしてそれを1日の時計に例え、現代をその時計の時刻で表すとなると、それは23時59分を過ぎたところ。

つまりはこうして文明化した生活を送るようになったのは、人間誕生以来、実にごく最近のこと。故に当時の本能そのままを現代においても活用しようとすると、そこに大きな”ミスマッチ”が生じてしまう。

そのことを説く内容には、「確かにその通りだな!」とまるで”あるあるネタ”を聞かされた時のように共感してしまう。

それは例えば、人は身長が高く、端正な顔立ち、体格に恵まれた人をリーダーに選びがちで、つまりそれは外見によって選定してしまっているということ。それこそ狩採集時代の名残であり、外見の良い人物は優れた遺伝子を持っている可能性が高いので無意識に”有能!”と脳が思い込んでしまっている。その時代ではそれでいいかもしない。体格に恵まれてなければ、狩の現場指揮などできずリーダーには向かないだろう。

しかし昨今では狩の必要なく、つまり見るべきは外見でなく内面。にも関わらず、昨今においても見た目は重要な因子とされている。それはつまり現代定義における”無能”を 選定してしまう可能性を示唆し、よって無能とされる上司が蔓延るのは”本能のミスマッチ”によるもの。

それと同時にこれまた過去の本能からの遺産、人は自分と似た存在に安心感を憶えるという本能。これにより昇格させる人物などは、選定する者自身に似た者を選ぶ傾向が強くなり、それはトップダウン式のリーダー決定を形式化させ、結果、上司に媚び諂う者が上に行きやすくなる。例え無能でも。

 

本書はこうした古来と現代における生活環境の変化、それを重要な要素と捉え、そこに生じる”ミスマッチ”を解明する事で、現代において必要とされる”リーダー像”に付いて解説し、同時に人間に備わる本能が如何に時代錯誤なものでポンコツなのかを物語る。

 

あととても印象的だった知見が、一人でも女性を役員として入れている会社では、そうでない会社と比べて20パーセントも倒産の可能性が少ない。という研究結果!!

これは多少なりとも衝撃的で、これこそ会社繁栄を目指す経営陣が知っておくべき重要事項では?と思えてならなかった。

 

本書は“進化学的リーダーシップ論”というものを用いてリーダーシップについての視察を行い、歴史の観点からそして生化学的にもその概要を究明し、そこでは人の脳のミスマッチ性を大いに指摘。人間の脳による錯誤を本能の名残として捕らえ、解説する様は実に分かり易く、共感の得られるものであった。

我々人間は所詮、まだ生まれたばかりの知的生命体であり、己を過信し過ぎる傾向があるのだと、狩採集社会時代の本能に従順なところから気付かされる。

まさに“本能”こそが万人における”絶対的な指標”ではないかと表する内容であり、しかしその”本能”とは実は現代においては決して正しいとはいえませんよ、と告げてくれる諸説の数々。まさしくその通りだ!と思わせる。

人はみな“魂の奴隷”ではなく、“本能の奴隷”、その縛りに気付く事が抜け出す第一歩であり、そのきっかけをくれる本書は重要な存在。意外と良い本だった。