book and bread mania

-中途半端なサウスポーによる日々読んだ本の記録 + 雑記 + パンについて-

「経験が大事」ってよくいうけど、ほとんどのことは知識で賄えるよな?

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なかなか面白いスレ。

そしてこれを読み、思った事。

確かに、知識のみですべてを理解し行なうのは難しく、言うは易く行うは難し。

故に思うのは、昨今で異世界物の作品が多いのも、少なからずこの点が影響しているのではないか?ということ。

異世界に現実的に行った人は、おそらく居ない。

万が一にも居るかもしれないが、

それはおいて置いて、つまり何が言いたいのかというと、

 

実際に体験できない事はそれが真偽かは当然誰にも分からず、分からないが故に、それは経験なしにも描く事ができると言う事実!

 

矛盾律のようなアナロジーさを感じさせながらも、人生経験乏しい者が物語を描くにはこれが一番!なぜって、この経験こそは実際に経験できず、故に経験大事と言われずには済むのだから。

 

故に、「ここがおかしい!」とその作品自体に突っ込むこと自体がおかしいことであり、すべてやりたい放題。まるで夢の中。

 

だからといって、「フィクションの世界は妄想の産物!リアリティがなく人生の乏しさ表す戯言!」なんてつもりは毛頭ない。

想像の上でしかない世界だからこそ素晴らしく、それこそ人間たる所業!架空の世界はそれのみで人間賛歌を謳い、脳みその見出すそれらは美しい。

 

表題戻ってこの疑問。

「知識のみで経験を補えるか?」

答えはイエスでもありノーでもある。それは各々の満足度の違いから来るものであり、株の売買のみが目的ならば知識のみで出来るが、利益を出そうとするならば経験なければ厳しい。

もしも株売買において知識のみで利益を得られるのなら、知識を晒した大元、またはそういった本の著者がそれを実行しているはずである。

そうはならないのは、やはり知識のみでは成し得ない『何か』があるため。

 

しかし知識のみでも勝てる人が居るのもまた事実。そういった人の場合、他の人とは違い、上手くいく要因の『何か』があり、人はその『何か』を『才能』と呼ぶ。

この『才能』と言う概念が科学的に解明されない限り、知識=経験には完全に成り得なく、そしてもしもこれが解明されたならば知識のみで動く機械がその役割を担うようになるだろう。つまりは全自動化。知識のみで成功させられるのなら、効率悪い人間を使う必要はなくなるわけだ。幸か不幸か、実現はだいぶ先だと思うけど。

 

なので現状、「知識のみで経験を補えるか?」

その答えはイエスでもありノーでもある。どの辺りまでの行動を目的とするか?その線引きの如何で、知識=経験にもなりえるし、逆も然り。

 

しかし経験不可のことを、知識で補い、知識のみで経験したように想像できる人間という生物は素晴らしく、素直に凄いなと思う。遠い未来の事など、本来は決して経験できないのだろうから。