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良心をもたない人たち

 

良心をもたない人たち (草思社文庫)

良心をもたない人たち (草思社文庫)

 

 表題にある“良心を持たない人”とは端的に言ってサイコパスのこと。

この本はサイコパスに対しての解説書。

内容としては序盤から多少衝撃的で、良心をまったく持たない人間の存在を明るみにしては、性善説を真っ向否定するような内容には戸惑う人も多そうに思える。

しかし確かに人間成るものの中には、はじめから俗に言う“良心”を持たぬ人間は確かに存在していて、その実例を交えて解説するのでわかりやすく読み進めやすい。

 

重要なのは、こうした存在のことを認識することで、彼らに対峙することの無為さとそこに付きまとう疲弊の危険性を述べ、つまりは見切りをつけて早く逃げろと警告してくれること。それがまるで自然災害のように。

確かにもっともであり、対人関係において、あの人はおかしい、とするのは錯誤のように思えてしまおうが、その錯誤さえも良心の一環でもあり、サイコパスという例外の存在を絶対的に認めなければならない。すると対人関係におけるトラブルの解消や、のしかかる心的不安要素の除去に一役買いそうな一冊ではある。

そして興味深いのは、サイコパスに関しての生化学的な研究で、それを生得性と捕らえるか習得性と捕らえるかの研究。示す内容としてはどうやら遺伝的な気質が強いらしく、わずかながらも50パーセントを超えていたのが印象的。

すると遺伝的要因、つまり関連するDNAがあるわけで、将来的には“サイコパス遺伝子”なるものが特定されるかもしれない。だが重要なのは家庭環境、つまり習得性も決してないわけではないということで、やはり幼児期の体験なども重要とのこと。

そこでは生後7ヶ月の間に、他者と接触が希薄で愛といった感情の受動がない場合、その後の性格に大きく響くといった研究は注目に値する。また、「では良心とは何か?」とサイコパスが持たず、一般的な人間が持つその不透明な存在に対しても注目する点が読み応えあり。

 

しかし最も印象的だったのは章の冒頭に飾られていたガンジーの言葉。

 

「しあわせとは、思考と言葉と行動が、調和していることである」

 

なんという金言!しかし本書を最後まで読めば、この言葉を載せた意味もよくわかる。

 

 

サイコパスとは常に、異常な存在として扱われる。

確かに本書を読む限りにおいてもぞっとし、彼らは”愛”といった情動を知らず、そして所有しない。彼らにとってすべてはゲームであり、自分のみに関心があり、周りは常に自分を充足させるための道具に過ぎない。

合間見えることの不可侵性を淡々と述べ、サイコパスの有効利用してあげるのは戦争であって、人殺しにおける罪の呵責を背負わぬことを利点とする。まさに悪魔的に聞こえるようであっても、それはあくまで”良心”なる普遍的な概念の存在を自己の一部にするからであって、自己の一部は決して全体の一部ではないと教えてくれる。

たとえ大人であっても、盲目でないとは限らないのだ。

世界は決して、一般人が言う「良心」に満ち溢れているわけでない。

サイコパスに対抗するためとして述べられる13か条などは、社会人としては必見かもしれない。そしてサイコパスの特徴は、明らかに当人に非があるにもかかわらず、同情を引く行為・行動をすること。

すると、知り合いに一人ぐらいは当てはまる人物が思い浮かぶのでは?

サイコパスという異質の存在を知らしめ、人間理解の推進に役立つ一冊。

不条理な人間関係に悩む人には必須の内容。

 

「あのひと、おかしいようだけど、きっとそれを指摘したら自分が不道徳な人間に思われる…」

そうした状態に対し、「直感を信じろ!おそらくあなたの直感は正しい!」と主張する本書としては、サイコパスの特徴としてある”魅力的な人物”といったフィルターがその考えを阻害し、はては周りの人物は同様に「おかしい」と思っていても同様に口には出せない状況を作り出すことを教えてくれる。 

 

 

「しあわせとは、思考と言葉と行動が、調和していることである」

この言葉は端的にも的確にサイコパスの性格すべてを示す言葉でもあり、サイコパス成る存在はただ闇雲に、自身のしあわせを求めて行動する輩であり性分であると、本書は全体を通じて雄弁に語る。

むしろ、サイコパスほど、思考と言葉と行動が調和している存在は居ないのかもしれない。サイコパスは決して醜悪な姿でなければ見た目は一般人と変わらず、彼らは姿を見繕うことには非常に長けている。アメリカでの研究では25人に1人がサイコパスとの報告があり、その存在は身近に潜むものであると警告をする。

もしも、ある他者の不条理さに困るようであるならば、読むに値する本。

しかしそこで仮に、”サイコパス”の判定がその相手でなく、自分に当てはまる!といった危険性も覚悟しなければならない。

人間成る存在は、実に揺らぎやすく、そして自分ばかりを信じたがるものなのだから。