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-日々読んだ本の書評 + メモ集 + パンについて-

壊れた脳 生存する知

 

壊れた脳 生存する知 (角川ソフィア文庫)

壊れた脳 生存する知 (角川ソフィア文庫)

 

 スゴ本。

そう評せる本であり、そう評すべき内容。

 

内容としては、脳に障害を負った人物が登場。

その人物が著者自身であり、そんな彼女の闘病記、もしくは生活記。

脳に障害を負うと、どのようになるのか?

たとえ話には聞いていても、知識があったとしても、どのような感覚になるのかは当人にならなければ当然わからない。

発症したものが同じだとしても、症状の現れ方は千差万別であり、当然、その症状の感じ方も千差万別。

そんな折、著者は脳出血を患い、脳に障害、正確には”高次脳機能障害”を負う。

高次脳機能障害”を患うと、世界はどう見え、思考はどう変化し、そして”自分”という意識がどう変化したのか、それを著者は自らを通して客観的に述べる。

 

この本の何より凄い点は、”自分”という存在、これを惜しげもなく披露し冷淡とでもいえるのほどに客観視、それを機械的、もしくは冷淡とでもいえるのほど正確に述べている事だ!

通常、人は自分をうまく客観視できない。それは恐いからだ。

もしできると言うなら、客観視してみよう。

当然、自分の良いところ、アピールポイントが思いつくだろう。しかし、それを挙げるだけでは客観視できたとは言えない。

人は誰でも欠点、コンプレックスも持つ。

自分の容姿、性格、それら全てに満足している人はほぼ皆無。

そんな中、自分で自分を客観視し披露すると言う事は、自分のみが知っている醜態をも明確にする必要がある。

あなたを披露するのはあくまで第三者であり、あなたじゃない。

その場合、どれほど冷徹になれるだろうか?

普通の人ならば、自分にとって最悪といえるほどに自分のことを披露できない。

あなたはあなたであって、第三者でないからだ。自分の欠点、醜態を曝け出すのは、とてつもなく勇気がいる事。故に、普通では、たとえ自分のことを第三者目線、客観的に表現するとしても、それはえこひいきたっぷりにの”偽りの客観視”でしかない。

しかしそれは当然で、人間を人間たるものとするのは自尊心であり気高い精神。これがなければ法の遵守も存在せず野生動物とさして変わらない。

 

しかし、この本、この作者は、誇張も偽りもほぼない、そう思えるほどに自分のことを客観視し、その姿を惜しげもなく披露している。

彼女はまるで機械の如く、自分の症状、見える世界を正確に伝えようと綴っている。

これは健常者にとっても大変難しい。

彼女はこうしてまで自分のこと、症状のことを赤裸々に綴るのは、脳障害を負った人の現実世界を知ってほしいからであり、見える世界が違う事を分かち合って欲しいから。同時に、同様の症状の人を勇気付けたいためでもある!

 

彼女は脳に障害を負う結果になった。

しかしそこからは驚異的な回復を見せて職場復帰までをも果たす。

そんな姿に勇気付けられる人は大勢いるだろし、本の内容を読めば、脳に何かトラブルが起きることは、決して他人事には考えられなくなる。

脳出血脳梗塞など、脳に障害をもたらすトラブルは誰にでも発症の危険性はあるのだと、その危険性の警告を含む内容。

 

この本は同じ症状に苦しむ人へ救済をもたらすものであり、未病の人に対しては忠告を促し、そして全ての人には脳の神秘さを伝える。

彼女が障害を通じて見える世界は、我々がこれまでに知っている世界とは異なり、感じ方も別世界。

 

脳に出血、もしくは血液が滞る。そうして一般的に言われる”脳に障害を持つ”状態になったとしても、それは現世界において”不自由”と定義されるからこそ”障害”扱いなのであり、もしも世界が変化し、脳の可変性により新たな可能性や物の見方が見つかれば、今”障害”と呼ばれている脳の病気は、病気でなく進化と呼ばれる時代も来るかもしれない。

それほどに、彼女の脳の変化は大きく、そして脳の可変性の一端を見せてくれるその記述は、神秘的であり興味深く、今後これらの症状を通して新たな発見が見つかる可能性もある。

 

一般と異なるようになった彼女の脳は、彼女を困惑させる。

見えるものも、感じる事も、今までとは全く異なる状態になり、全ての事象は未曾有の体験と変化する。

そうした、普段生活する上では決して知ることのできない世界、それを彼女が出来るだけ正確に伝えてくれる。

その表現は臨場感が見事。著者の思考がそのまま伝わり、ふと油断すればその情緒の波にこちらも飲まれそうになるほどの迫力。

淡々とした内容ゆえに第三者感、すなわち読者目線になっており、気付けば感情移入をしており、まるで催眠術。

この本は間違いなく恐ろしい内容といえる。それは、この臨場感を通して”死”という普段存在感のない物に対して具体的な何かを感じさせるからであり、死の恐怖が万物共通であるからだと思う。

実に恐ろしい本でもあるが、それ故に、一読する価値は必ずある本。